それは、働きながら阿蘇に滞在していた日々のお話。
この日は、熊本市内へと出かけてみた。


熊本県を訪れるのは今回が4回目となるわたしだが、
そのうちの2回は仕事だったために、
観光らしい観光はできなかった。

熊本城の壮健さと復興にかける市民の願いを感じたのが、
2024年夏の3回目の訪問。


そして、今回、
熊本市を代表するもう一つの観光スポット、
「水前寺公園」を訪れてみようと思ったのだ。

JRの駅や路面電車の停留所では
「水前寺公園」と呼ばれているが、
正式には「水前寺成趣園」

初代熊本藩主で肥後細川家の3代目、細川忠利が、
彼の地で御茶屋を建てたのが始まり。
以後、3代藩主(細川家5代目)に渡って
作庭された日本庭園である。

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門前にはお土産屋さんが並び、
いにしえより多くの人々を惹きつけてきたとわかる。

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入口の手前には、「出水神社」の鳥居。
庭園内にけっこうな広さの神社があるのだ。

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それでは、庭園を一回りしてみよう。

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正面から眺めると、
眼前には池が広がり、
左奥には富士山を模した築山がある。

豪壮でありながら、
美しい日本庭園だった。

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富士山を模したというが、
この熊本という地にあって、
遠くかなたにある富士山が、
人の心に大きなウエイトを占める
特別な存在であったというのがおもしろい。

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静かに水をたたえる池。

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『古今伝授の間』は、
細川家初代、細川藤孝(幽斎)が、
後陽成天皇の弟に、
古今和歌集を伝授したと伝えられる家屋。

大正元(1911)年に、
ここに移築された。

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今は、中に上がって
抹茶と和菓子がいただける。

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池を眺めながら、
優雅に時を過ごせるのだ。

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後陽成天皇、細川藤孝といえば、
戦国時代に名をはせた人物。

藤孝は、信長、秀吉とつかえていたが、
関ヶ原の合戦時には、東軍につき、
合戦の数カ月前に、
居城の丹後田辺城に籠城した。

西軍の数万の軍勢に囲まれたが、
朝廷が「古今伝授の継承者である藤孝を死なせてはならない」と、
天皇の勅命で講和を仲介し、戦火を逃れたという。

この籠城戦は、西軍の足止めとなって、
東軍徳川家康の勝利に大きく貢献したのだとか。

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かれこれ、400年も経つ建物であるが、
まだまだみずみずしさを保っている。

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それでは、抹茶と和菓子をいただこう。

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細川家秘伝の献上菓子『加勢以多(かせいた)』は、
もち米の外皮にかりんの羊羹をはさんだ一品。

レトロな味わいが、旅心をくすぐる。

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柱は、さすがの枯れ具合。

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天井などは、張り替えられているのかも。

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庭園の一角にある『能楽殿』
細川家は、能楽を愛好していたのだとか。


この場所にも『能楽殿』があったらしいが、
昭和40(1965)年に火災で焼失。

現在の『能楽殿』は、昭和61年(1986年) に、
旧八代城主松井家より移築されたものなのだとか。

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桜が咲き始めた時期で、
春の到来を感じたのだった。

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移築されたものとはいえ、
江戸建築の粋が凝らされた、
立派な建物だった。

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庭園内には、『稲荷神社』もある。

こんな風に鳥居の重なる風景って、
パワースポットっぽいと思うのだ。

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庭園の入り口から左手にあるのが「出水神社」

西南戦争で焼け野原になった街の
復興を願って建立された神社。

主神に、細川藤孝(幽斎)、忠興、
その他だいだいの殿様を祀る。

忠興の妻、ガラシャ夫人も祀られている。

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まずは、手水で手を清めよう。

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戦災からの復興といえば、
わたしには、第2次世界大戦のイメージだが、
「西南の役」からというのが、
いかにも熊本らしい歴史であった。

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境内には、忠興の時代から
『神水 長寿の水』と呼ばれる湧き水がある。

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水飲会というのがあって、
毎朝5合の水を飲んで健康法にしているのだとか。

5合とはまた、けっこうな量だ。

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とても整然とした美しい神社だった。
そして、細川家の財も、
かなり使われていると思われる。

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熊本の人々にとって、
細川家が「お殿様」として根付いていることが、
よく伝わる神社だった。

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細川護熙氏が総理大臣になったときには、
お殿様が、国を治めることになった、
といった感覚だったに違いない。

特別なことではなく、
まぁ、そうだよね、といった感覚で受け止めたのではないか。

というのは、わたしの勝手な妄想だが。

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