富山で飲み食い・おぼえ書きブログ

富山で見つけたおいしいお店やこじゃれたお店を書いていく、富山なグルメのブログなんだ。どこへ行ったか忘れてしまわないようにね。 わたしの好みだから、「それはちがう」とか言わないでいただきたい。 ときには、旅した記録も、書き残すことにするよ。

タグ:史跡

 それは、日本最古の学校と称される「足利学校」を訪れた日のお話。近辺のガイドマップを見ると、「足利学校」のすぐ近くに、本堂が国宝に指定されているという、歴史的建造物を見つけたんだ。これは、行ってみなければなるまい。

 訪れたのは「鑁阿寺」というお寺。「ばんなじ」というんだけど、読めないよねぇ。読み方を知った後も、すぐに忘れてしまって何度も確かめてみたり(笑)。

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 鎌倉幕府の御家人だった足利氏が元々邸を建てていた場所に、1196年(建久7年)、源姓足利氏二代目の足利義兼が持仏堂を建てて大日如来を祀ったのが始まりで、足利一門の氏寺になったのだとか。

 この足利氏が、後の室町幕府を開いた足利尊氏につながっているというから、室町幕府にとっても大事なお寺だったというわけなんだ。

 本堂は、応永14年から永享4年(1407年 - 1432年)の間に大規模な改造が行われたとはいえ、正安元年(1299年)の建立。今から、かれこれ700年以上も経っているとは、何とも素晴らしい建物ではないか。

 世界最古の木造建築として知られる法隆寺を見たときは、かなり枯れ枯れな雰囲気で、強い風に飛ばされてしまうんじゃないかという軽さを感じたけど、この鑁阿寺は、まだまだウエットで重厚さを残しているんだ。むしろ、これまで見てきたどの寺院よりも重々しさを感じるほど。

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 こちらは、国指定重要文化財の「鑁阿寺鐘楼」。本堂と同時に建てられたと寺では伝わっているらしいけど、いつの時期かに再建されてるんだとか。あまり見かけない形をしているのは、鎌倉時代の禅宗様式を踏襲しているから。たしかに珍しい形だよね。

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 元禄5年(1692年)に徳川第五代将軍綱吉の母、桂昌院尼公の再建したという「多宝塔」。できてから300年余りなのに、新しく感じてしまようね。この寺には、他にも、鎌倉建築や室町建築がいくつもあるんだ。

 「足利学校」は有名だけど、その陰に隠れた「鑁阿寺」は、こちらの方が古い歴史を抱えているのだった。

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 渡良瀬橋の上にて。森高千里の歌で有名な「渡良瀬橋」も、この足利市にあるのだった。

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 川に架かる橋には、ちゃんと一つ一つに名前があるよね。写真は、大和前から石金に向かう道のいたち川に架かる橋。この橋の名前は、「久右衛門橋」って言うんだ。

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 「久右衛門」って何者?って思っていたら、ちゃんと、その由来が書いてあったよ。

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 江戸時代の初め頃、親孝行で正直者の久右衛門さんがいたんだってね。越中富山の薬を全国に広めたことで知られるお殿様、前田正甫公がご褒美まで与えた記録が残っているんだって。

 それを偲んで昭和27年に橋がかけられたときにその名前がついたという話。歴史に名を残すほどの親孝行って、いったいどんな人だったんだろうね。

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 近くのお寺には、記念の石碑もあったよ。

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