伊豆大島からさらに先へと渡ることができる4つの島、利島、神津島、新島、式根島を訪問してみると、島それぞれに違った表情があり、暮らしがある、ってことがよく分かったよ。
ここは見所といったスポットがあまりなくても、その島をおおう雰囲気は独特だったり、こんなにも本土から離れている島なのに、遠い昔から多くの人が訪れていたりと、それぞれに、それぞれの特徴があって面白かったんだ。
最後に訪れた式根島は、人が住む歴史は一番浅い感じだったけど、住んでみたくなる魅力をたたえた島だったんだ。
泊海岸から島の高台へと続く道路を歩いていると、ずっと下を見下ろせる場所に続く脇道があったから、入ってみたよ。たどり着いたところから見えた風景がこちら。式根島の表玄関、「野伏港」を見下ろせるスポットだったんだ。
一番手前に泊まっているのが、村営の連絡船「にしき」。その奥の岸壁には、東海汽船の大型客船、ジェット船や、神新汽船の下田行き「フェリーあぜりあ」が着くんだよね。港がきれいに見渡せる、素敵なスポットだったよ。
このスポットへの入り口は、地図には出てないし、なかなか、目につかない場所だけどね。

同じ通り沿いにあった「泊神社」は、延長5年(927年)にまとめられたという日本最古の法律「延喜式」に記載された式内社。
明治時代に人が定住し始めたという式根島だけど、神社だけは、そんなに古くから存在していたというのは、驚きだね。当時の人々にとっては、神を祀るということが、暮らしの中にとても大きなウエイトを占めていた、ってことかな。


こちらは、島の南側、式根島港の近くにある「まいまいず井戸」の跡。一番低いところからさらに穴を掘った井戸から、地下水をくみ上げて使っていたんだって。下に降りていく通路がかたつむりににていたから、「まいまいず」と呼ばれたんだそうだよ。
明治25(1890)年から使われるようになったんだけど、新島から移住してきた明治21(1886)年から5年間は、「足附海岸」にあった釜場にためた雨水を使っていたのだとか。水、って生きてく上で最も必要なものだけど、それを手に入れるためにも、大変な苦労があったことがうかがわれるお話だね。
この井戸ができてからは、島の生活は安定したし、産業経済も急速に向上した、というから、移住する人が増えていったのも、この井戸のおかげなのかも。


式根島を訪れたこの日、島では、飲食店の多くが、夏季営業を終了していたり、臨時休業でやってなかったりしていたんだ。この日オープンしていたのは、「NINZ式根島店」というカフェのみ。当然、観光客も集まるわけで、ランチは1時間待ちといわれてしまったんだ。なんたること〜。
ドリンクならすぐ出せるといわれたから『バナナスムージー』を頼んで、店先ですすってみたんだ。これが、なかなかに濃厚でおいしいスムージーだったんだよね。スムージーでこれなら、ランチもさぞかしうまいに違いないと思いつつ、帰りの船の時間も考えて、食べるのは断念したんだ。
「NINZ式根島店」では、様々なオリジナルグッズも販売していたよ。Tシャツもスタイリッシュでいい感じだったんだけど、デザインはどう見ても女性向けで、小父さんのボクが着るには気が引けたんだ
。かくして、缶バッジを1個購入して、この店を後にしたのだった。

通り道で見つけた赤い花はハイビスカスだろうか?南国っぽい花を見つけて、ああ、島に来てる〜、っていう実感が湧いてきたんだよね。この花のまわりには、黒い羽根のアゲハチョウが何匹も舞っていて、南国気分はさらに盛り上がったのだ。


島の随所には、伊豆大島の樹海で見たような、木立に包まれた通路が見られたよ。この辺りの島では、こんな風に、道はすぐに木々に包まれてしまうみたいだね。


「地鉈温泉」から上の駐車場を見上げたところ。かなりの段差があるよね。ここを下って、温泉を見つけた先人には敬意を表したいものだ。きっと、島中を探検して回ったんだろうな。

こちらは、「地鉈温泉」から「足附温泉」へと向かう近道の様子。しっかりとフィールドワーク的な山道だったよ。

式根島ではありふれた風景かもしれないけど、富山に住むボクには、どれもこれもが珍しい風景ばかりで、歩き回るだけでも、その違いを楽しむことができたんだ。
普段住んでいるところとちがったところの様子を見るというのは、それだけで、人生を豊かにしてくれるね。
かくして、式根島を十分楽しんだボクは、ジェット船に乗り込んで、伊豆大島へと戻ったのだった。

←よそのことより富山のこと、って思う人は、ここをタップするがよい。
ここは見所といったスポットがあまりなくても、その島をおおう雰囲気は独特だったり、こんなにも本土から離れている島なのに、遠い昔から多くの人が訪れていたりと、それぞれに、それぞれの特徴があって面白かったんだ。
最後に訪れた式根島は、人が住む歴史は一番浅い感じだったけど、住んでみたくなる魅力をたたえた島だったんだ。
泊海岸から島の高台へと続く道路を歩いていると、ずっと下を見下ろせる場所に続く脇道があったから、入ってみたよ。たどり着いたところから見えた風景がこちら。式根島の表玄関、「野伏港」を見下ろせるスポットだったんだ。
一番手前に泊まっているのが、村営の連絡船「にしき」。その奥の岸壁には、東海汽船の大型客船、ジェット船や、神新汽船の下田行き「フェリーあぜりあ」が着くんだよね。港がきれいに見渡せる、素敵なスポットだったよ。
このスポットへの入り口は、地図には出てないし、なかなか、目につかない場所だけどね。

同じ通り沿いにあった「泊神社」は、延長5年(927年)にまとめられたという日本最古の法律「延喜式」に記載された式内社。
明治時代に人が定住し始めたという式根島だけど、神社だけは、そんなに古くから存在していたというのは、驚きだね。当時の人々にとっては、神を祀るということが、暮らしの中にとても大きなウエイトを占めていた、ってことかな。


こちらは、島の南側、式根島港の近くにある「まいまいず井戸」の跡。一番低いところからさらに穴を掘った井戸から、地下水をくみ上げて使っていたんだって。下に降りていく通路がかたつむりににていたから、「まいまいず」と呼ばれたんだそうだよ。
明治25(1890)年から使われるようになったんだけど、新島から移住してきた明治21(1886)年から5年間は、「足附海岸」にあった釜場にためた雨水を使っていたのだとか。水、って生きてく上で最も必要なものだけど、それを手に入れるためにも、大変な苦労があったことがうかがわれるお話だね。
この井戸ができてからは、島の生活は安定したし、産業経済も急速に向上した、というから、移住する人が増えていったのも、この井戸のおかげなのかも。


式根島を訪れたこの日、島では、飲食店の多くが、夏季営業を終了していたり、臨時休業でやってなかったりしていたんだ。この日オープンしていたのは、「NINZ式根島店」というカフェのみ。当然、観光客も集まるわけで、ランチは1時間待ちといわれてしまったんだ。なんたること〜。
ドリンクならすぐ出せるといわれたから『バナナスムージー』を頼んで、店先ですすってみたんだ。これが、なかなかに濃厚でおいしいスムージーだったんだよね。スムージーでこれなら、ランチもさぞかしうまいに違いないと思いつつ、帰りの船の時間も考えて、食べるのは断念したんだ。
「NINZ式根島店」では、様々なオリジナルグッズも販売していたよ。Tシャツもスタイリッシュでいい感じだったんだけど、デザインはどう見ても女性向けで、小父さんのボクが着るには気が引けたんだ
。かくして、缶バッジを1個購入して、この店を後にしたのだった。
通り道で見つけた赤い花はハイビスカスだろうか?南国っぽい花を見つけて、ああ、島に来てる〜、っていう実感が湧いてきたんだよね。この花のまわりには、黒い羽根のアゲハチョウが何匹も舞っていて、南国気分はさらに盛り上がったのだ。


島の随所には、伊豆大島の樹海で見たような、木立に包まれた通路が見られたよ。この辺りの島では、こんな風に、道はすぐに木々に包まれてしまうみたいだね。


「地鉈温泉」から上の駐車場を見上げたところ。かなりの段差があるよね。ここを下って、温泉を見つけた先人には敬意を表したいものだ。きっと、島中を探検して回ったんだろうな。

こちらは、「地鉈温泉」から「足附温泉」へと向かう近道の様子。しっかりとフィールドワーク的な山道だったよ。

式根島ではありふれた風景かもしれないけど、富山に住むボクには、どれもこれもが珍しい風景ばかりで、歩き回るだけでも、その違いを楽しむことができたんだ。
普段住んでいるところとちがったところの様子を見るというのは、それだけで、人生を豊かにしてくれるね。
かくして、式根島を十分楽しんだボクは、ジェット船に乗り込んで、伊豆大島へと戻ったのだった。

←よそのことより富山のこと、って思う人は、ここをタップするがよい。






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