富山で飲み食い・おぼえ書きブログ

富山で見つけたおいしいお店やこじゃれたお店を書いていく、富山なグルメのブログなんだ。どこへ行ったか忘れてしまわないようにね。 わたしの好みだから、「それはちがう」とか言わないでいただきたい。 ときには、旅した記録も、書き残すことにするよ。

タグ:世界遺産

 それは、栃木県日光の周辺を旅した日のお話。

 日光山を「日光東照宮」から奥へと進むと、見えてくるのが「日光山輪王寺大猷院(たいゆういん)」と「二荒山神社」。先に手前の「二荒山神社」を訪れたボクは、さらに奥の「輪王寺大猷院」へと向かったよ。

 入り口の石碑に「日光廟大猷院」とあるように、ここは、徳川第3代将軍家光の廟=墓所を祀る院。生まれながらにしての将軍、徳川家光は、初代東照大権現の近くに葬られたのだった。

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 大猷院では、拝殿に至るまでに4つの門をくぐるんだ。最初にあるのが「仁王門」。入り口から正面に見える門だよ。

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 阿吽の2体の仁王像が門を護ってるんだ。

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 「手水舎」は紅く染まった木々に包まれて、すっかり秋の装い。美しいねぇ。

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 2つ目の門は「二天門」。承応2(1653)年に創建された、日光山最大の門だよ。持国天、増長天の2体の天尊と、雷神、風神が祀られているんだ。

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 階段から横を見ると、大名が寄進したという灯篭がずらりと並んでいたんだ。小大名は、参拝に来ても、2つ目の門の手前の、ここまでしか入れなかったんだって。

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 3番目の門は、「夜叉門」。

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 4体の夜叉を祀っているんだ。牡丹唐草の彫刻が多いから「牡丹門」と呼ばれることもあるんだって。 

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 これは、内側から「夜叉門」を見たところ。夜叉は4体もあるから、前も後ろも守られてる感じがするね。

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 夜叉、っていうのは、古代インドの鬼神のことなんだって。確かに、顔つきはインドの魔人風?かも(笑)。

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 最後にくぐるのが「唐門」。高さは3mぐらいの、4つの中では小さな門だけど、もっとも繊細な彫刻が施されていて、とても美しい門だったよ。

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 拝殿は、実にきらびやか。天井には140体の龍の絵が描かれていて、その素晴らしさから、国宝にも指定されているんだって。全くもって素晴らしき拝殿だったよ。

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 拝殿から右手の奥に抜けたところにあるこの扉の奥に、徳川家光の眠る廟があるんだけど、現在は非公開。「死後も、東照大権現のそばにお仕えする」という遺言に基づいて造営されたんだって。

 二人以外の徳川将軍のほとんどは、上野寛永寺か芝増上寺に埋葬されているから、家康、家光だけは別格だったってことだね。

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 徳川第3代将軍の威光を偲んだボクは、最後に、「輪王寺三仏堂」へと向かったんだ。日光山の入り口にあって、最初に東照宮を参拝するために通り過ぎてしまったお堂。お堂の後ろには、素敵な庭園があって、ここもまた紅葉に包まれていたよ。

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 「三仏堂」は、たくさんの堂塔、支院がある「輪王寺」のメインに当たる大本堂。「阿弥陀如来」「千手観音」「馬頭観音」の三仏を祀っているんだ。これがまた、木造としては国内最大級の大きな仏様。地下に潜るようになった通路から見上げれば、何とも心が洗われていくんだよね。いやはや、まったくもって素晴らしい。

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 控えめな手水台が、質素な日本美。

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 三仏堂の前にある「金剛桜」は、国の天然記念物になっているんだ。

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 すでに15時を回っていて拝観券の販売所は終了していたけど、本堂の入り口で拝観を受け付けているから、中に入ることはできたよ。

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 かくして、「日光東照宮」とその周辺の社寺を巡る旅は終了。ほぼまる1日を費やして、江戸時代の武士たちの家康にかける思いを、たっぷりと味わうことができたよ。


 江戸幕府の開祖を祀る日光山は、江戸時代には、一般の人が参拝することのない聖域だったんだろうね。参拝するのも、藩主クラスの上級武士ばかりだろうから、普段は、静寂が支配していて、とても落ち着いた空間だったと思うんだ。

 おつきの家来たちもいただろうから、日光山のまわりには、それなりに門前町ができていたのだろうけれど、この規模の寺院の門前にしては、日光の街並みは小さいと思えるよね。いかに、武家のための場所だったのか、というのが偲ばれておもしろかった。


 それって、今の歳になったからこそわかるおもしろさかも。日光東照宮は、若いうちに見るのもいいけど、歳を重ねてからもう一度訪れるにふさわしい場所だと思うのだ。

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 「日光東照宮」のある日光山には、東照宮の他にもいろんな神社仏閣があるんだ。

 JR・東武日光駅から街中を抜けて東照宮に向かうと、入口にあたるのが「二荒山神橋」。「下乗」の立て看板があるところを見ると、江戸時代、大名が東照宮を訪れたときには、ここで馬を降りて、あとは徒歩で参拝したんだと思われるね。

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 今は、渡ることはできないんだ。こうして、遠くから眺めてるだけ。でも、とってもジャパニーズな風景だよね。そして、この橋も、国の重要文化財。

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 参拝する気持ちも高まるというものだ。

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 日光山を開山したといわれる勝道上人の像。上人は、奈良時代から平安時代初期に生きた人物だそうだから、何とも歴史あるお話。

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 東照宮へ向かう途中に見かけた、「日光山輪王寺」の「大護摩堂」。朱塗りの建物が、紅くなったもみじに映えるのだ。

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 徳川家光が建てたといわれる「相輪橖(そうりんとう)」は、国の重要文化財。

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 2022(令和4)年に修理が施され、今は、金色に輝いているのだ。

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 東照宮表門から二荒山神社、輪王寺大猷院(たいゆういん)へと向かう上新道だよ。木立がとても美しいね。

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 二荒山神社は、二荒山=男体山を祀る古社。男体山の頂上に奥宮、中禅寺湖のほとりに中宮祠があって、こちらが本社なんだって。

 二荒山神社、日光東照宮、輪王寺の3つの神社仏閣が「日光の社寺」として、世界遺産に認定されているよ。

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 この神社の門が、ものすごく高さがあって驚いたよ。

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 拝殿は、国の重要文化財。元和5(1619)年に、江戸幕府2代将軍、徳川秀忠によって造営されたんだって。

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 この神社は、縁結びの神様だそう。境内には立派な「夫婦杉」があって、仲睦まじくそびえていたんだ。

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 金ぴかのうさぎも「良い縁うさぎ」。

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 神社だから、良縁以外にも、家内安全、商売繁盛などなど、それぞれの思いでお参りするのがよいと思うのだ。

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 「神楽殿」。ここで舞う神楽は、さぞかし神々しいだろうね。

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 「手水舎」もよく手入れが行き届いていたよ。

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 ここから先は、有料エリア。「神輿舎」は、元東照宮の建物が移築されたものなんだとか。キンキラキンになる前の白木造りの東照宮の趣きを今に伝える建物だよ。

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 「御神木」は、かなりの太さ。これだけ大きくなるには、樹齢を何年重ねるのだろうか。

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 なぜれば、心が丸くなる「円石(まるいし)」。

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 「大黒殿」は、大黒様を祀っているよ。大黒様の絵があるけど、打ち出の小槌を持っておらず、その前に置いてある小槌を、参拝者が振ってお参りする仕組みなんだって。何だか、エンタメな感じだね。

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 「二荒霊泉」では、若がえり、眼病治癒、美味しい酒が造れるという3つの効果がある霊泉を一口いただいたよ。この3つの効能、まるで、ボクのためにあるような(笑)。

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 男体山を祀る神社だけあって、「日光連山遥拝所」があったよ。

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 ここで拝めば、登山したような霊験が得られるってことだね。

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 この後は、「輪王寺大猷院(たいゆういん)」という、徳川家光の廟を納めた院を訪れたんだけど、それはまた別のお話。



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 日光へ来たならば、誰もが必ず訪れる「日光東照宮」。言わずと知れた、江戸幕府初代将軍、徳川家康公が眠る廟を祀ったお宮さんだよね。今回、湯西川温泉で働くことが決まったときに、まず頭に浮かんだのはこの国際的観光スポットに自分も行くこと。

 それでは、参道を進もうではないか。現在の一万円札の顔、渋沢栄一氏が揮ごうした「東照宮」の文字が力強い石碑を通り抜けて、表門に向かったよ。葵の紋がキンキラキン。

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 この日は、たくさんの外国人と、さらにたくさんの小学生の団体が訪れていたよ。関東や近畿などの都市圏では、小学生が泊りがけで校外学習する「修学旅行」があるっていうから、きっと彼らもその一行。富山じゃ、遠足かせいぜいで山野を駆け巡る宿泊学習ぐらいだから、何ともうらやましいよね。

 それにしても、あまりに大勢の小学生で、東照宮の中も、若干渋滞気味だったんだ。ま、それもまた旅の醍醐味だけど

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 「石鳥居」は、江戸時代に造られた石の鳥居としては日本最大なんだって。「東照大権現」の額は、後水尾(ごみずのお)天皇の筆によるとか。畳一畳のサイズがあるっていうからびっくり〜。「東照大権現」っていう神号を贈ったのも後水尾天皇なんだって。そして、この「石鳥居」、重要文化財なのだ。

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 この日は、重要文化財「五重塔」の「心棒」の公開をしていたので、300円払って入ってみたよ。五重塔っていうのは、こんななりをしているけど中には階段がなく、実は1階建てなんだとか。心棒は4層目の辺りから鎖でぶら下がっていて、建物全体のバランスをとっているんだって。

 下の先端は浮いているけど、地震の時には、この「遊び」が、建物全体を支えるのだとか。ぐらついても心棒でバランスが取れるってことなんだね。この工法は、東京スカイツリーにも取り入れられているんだって。江戸時代に、現代にも通用する建築技術を取り入れたとは、日本人ってすごいと思ったのだった。

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 五重塔の最下層には、十二支の彫刻が施されていたよ。前面はとってもきらびやかな造り。

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 「表門」も重要文化財。仁王様が控えている立派な門なんだ。

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 「三神庫」も重要文化財。「想像の象」が彫られてるけど、実際の象とは、ちょっと違った見た目。大きな耳があり、長い鼻と牙があるところは、実際の象と同じだけど、想像で彫っちゃうと当たらずとも遠からずになるのが面白い。

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 見ざる、言わざる、聞かざるの三猿が刻まれるのは「神厩舎」。実は、厩=馬小屋なんだけど、これも重要文化財なんだって。どこもかしこも重要文化財だらけだし、こんなのまで重要文化財になるとは。

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 「三猿」は、猿の一生を彫った8枚の彫刻の1枚。確かにこの1枚は教訓的だし、目を引く場所にあるし、作品としても素晴らしいと思ったよ。

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 厩にもかからわず、こんなに立派な彫刻。

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 中では、今でも白馬が飼われているのだ。

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 そして、いよいよ「陽明門」。何といっても東照宮のシンボルだよね。

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 鐘楼も鼓楼も、精緻を尽くした彫刻に包まれていて、何とも美しい。東照宮の建物は、どれもただただきらびやかなんだ。近年、各所とも大修理が行われ、特に、陽明門周辺の豪華さには、目を見張るばかり。

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 それでは「陽明門」をくぐろうではないか。江戸時代の工芸、装飾技術の粋を集めて造られたというのも納得の、見事な建築だったよ。

 こちらは、もちろんの国宝。令和の大修理を経て実にきらびやかやな「陽明門」は、外国人にも人気の様子だったな。

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 後ろから見ても、金に輝いてるのだ。

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 彫刻もまた精緻。この龍の細かさたるや、何とも素晴らしい。

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 陽明門を支える柱は、一本だけ、模様が逆転してるんだ。右端の柱がそう。魔よけの意味が込められているんだって。

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  「陽明門」の中に座っている、武将の随身像。

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 バンダイが、武者ガンダムを奉納したとかで、そのガンプラが展示されてたよ。徳川家康の南蛮胴具足をモチーフにしてるんだって。

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 東照宮では「本社」もまた国宝。「唐門」には、たくさんの人物の彫刻が施されていたよ。白っぽいのは、貝殻で作った胡粉が塗られているからなんだって。東西の回廊もまた国宝だよ。

 本殿でお参りし、ここで御朱印帳を購入。東照宮の周辺では各所で御朱印がいただけるんだけど、基本的には、紙でのお渡しなんだ。でも、ここで御朱印帳を買うと、直接書き入れたものがもらえるんだよね。前のがちょうどいっぱいになったところだったから、いいタイミング。

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 意外と小さい「眠り猫」の下を通って、「奥宮」へと向かったよ。徳川家康が眠る廟があるところがお宮さんになってるんだ。

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 「眠り猫」をくぐった先にあるのが「坂下門」。

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 その先には、207段の階段が待ってるんだ。

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 石段の踏み石は、一段一段が一枚の岩から切り出されているんだ。これだけの石をよく集めたものだし、よくぞここまで運んだものだ。

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 奥宮の拝殿は、東照宮の本社と比べれば、ずいぶん渋めの色合いの壁なんだけど、中は、金箔が多用されていて、やっぱりきらびやかなんだ。

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 家康の「宝塔」は、いまだ開けられたことがないんだって。そんな初代将軍の墓を、外国人が気軽に見ていく様に、平和を感じるよね。

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 国宝と重要文化財に満ちた「日光東照宮」は、江戸時代初期に、全国の大名が、先を競ってより豪華に担当箇所をしつらえたのがよくわかる、素晴らしい建築ばかりだったんだ。

 そして、江戸期には、大名しか入ることができず、小大名では途中までしか入れなかった「日光東照宮」に、現代のボクらが奥の奥まで入ることができるとは、ボクらが暮らす現代は、なんて平和で平等な時代なんだろうと思うばかりだよ。

 それも、世界中の人々が訪れる場所となってるんだから、まったくもって素晴らしい。たとえ、そこに眠るのが誰なのかをよく知らなくても、「日光東照宮」を美しいと思う心は、万国共通なのだと思ったよ。


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 それは、長崎を訪れた日の話。長崎まで来たなら、必ず訪れたいのが「グラバー園」だよね。世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつである「旧グラバー邸」を中心に、国指定重要文化財「旧リンガー邸」「旧オルト邸」という建築物が、居留地時代から150年に渡って保存されている公園施設だよ。

 明治時代中頃に長崎市内に建てられた洋風建築も6棟移築されていて、当時の長崎の生活や文化をうかがい知ることもできるんだ。

 そして、こちらが「旧グラバー邸」。スコットランド出身の商人トーマス・グラバーが、親子二代に渡り暮らした、現存するわが国最古の木造洋風建築なんだって。

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 このグラバー園は丘の上にあって、上に行けば見晴らしがいいんだけど、そこまで行くのが大変。だから、園内には、屋外エスカレーターが設置されていたよ。2台のエスカレーターを乗り継げば、ほぼ一番上までたどり着くことができるんだ。

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 一つ目のエスカレーターを登ったところにあった、レトロな電話ボックス。気分を明治時代情緒へと誘ってくれるね。

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 2台目のエスカレーターは、こんなに立派な屋根付き。

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 何しろ、こんなに長いエスカレーターだからね。暑い日だったけど、乗りながら風に吹かれていると、けっこう気持ちよかったのだ。

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 そして、たどり着いたのが、「旧三菱第2ドックハウス」。明治期に建てられた外国人乗組員用の宿舎だよ。1896年(明治29)、三菱造船所(現三菱重工業株式会社長崎造船所)の第2ドックの建設時に建てられたのだとか。「ドック」といえば造船所の主要施設。船の建造や修理を担うところだよね。

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 三菱を創業した岩崎弥太郎とグラバーは、友人同士だったんだって。一緒にいろんな事業を行ったというから、三菱ゆかりの建築物がここグラバー園に移築されたのも納得だったな。

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 そして、このドックハウスからの眺めが、何とも秀逸だったんだ。対岸から、稲佐山の麓をめぐって市街に至るまで270度ぐらいに渡って一望できるという、素晴らしき景観。

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 今となっては、一等地だけど、明治の当初には、ここは単なる山手の土地だったのかもしれないね。それをヨーロッパ人の感覚で切り開いたら、すごく眺めのいい場所だった、的な。

 それにしても、この斜面に向かってどんどん建物がつながっている景色は、何度見ても素晴らしいし、何度見ても違和感ある不思議さで一杯。

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 この対岸にあるのが、三菱長崎造船所。戦前にこの造船所で戦艦武蔵が建造されたいきさつが、吉村昭氏の名著「戦艦武蔵」に書き残されているのを、以前に読んだことがあるよ。

 長崎市民から建造中の船をおおい隠すのに苦労した顛末や、進水するときに大きな波が市街へと押し寄せてしまうことをどう防ぐか、といった、当時の苦労を、淡々とした筆致で描いているんだ。その淡々とした語り口が、真実の重さを伝えているようで、ついつい引き込まれてしまう、素晴らしき1冊だよ。

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 今の造船所は、当時とは違った場所に造られているみたい。護衛艦の停泊している一角があって、その奥辺りではないかと思ったんだけど、あってるかな?

 護衛艦は、最新型が停泊していて、日本の海の守りを支えてくれていたな。

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 こういう眺めの場所に、ずっと住んでみたいと思ったのだった。

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 こちらは、「旧ウォーカー邸」

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 日本に商社を設けて貿易を行ったイギリス人、ウォーカー氏が住んでいた住居を移築したものだよ。

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 こちらは、国指定重要文化財「旧リンガー邸」。グラバー商会に勤め、後に、ホーム・リンガー商会を設立したフレデリック・リンガー氏の旧邸なんだって。

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 この建物は、「旧グラバー邸」とともに、建設当初からこの場所にあったものなんだとか。

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 とても重厚な内装のお家だったよ。しっかり故郷の様式で建設されていて、日本に長く腰を落ち着けようとした、というのがうかがわれるんだ。

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 「旧自由館」は、日本人初の西洋料理店シェフとなった草野丈吉氏が開いたレストランを移築したもの。草野氏が西洋料理店を最初に開いたのは、1863(文久3)年というから、まだ江戸時代の話。

 この建物は、1878(明治11)年に開業したお店で、草野氏の死後は、検事正官舎として使われていたのを、移築したのだとか。

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 日本の西洋料理の祖を記念して、草野丈吉氏の銅像も飾られているんだ。

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 そして、最後に登場したのが、国指定重要文化財であり、世界遺産でもある「旧グラバー邸」。グラバー氏は、造船、採炭、製茶などの貿易を通して、我が国の近代化に貢献した人物。21歳で日本にやって来て、70歳で亡くなるまで、実に多くの業績を残した人物なんだ。

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 そのグラバーが過ごした住居ともなれば、実に素敵な造りのお家だったんだよね。

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 この洋風な造りが、この長崎の風景とマッチして、実に素晴らしい。

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 中の造りもまた素敵。

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 温室まであったよ。当時も、観葉植物を豊かに育てていたに違いない。

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 くつろぎの空間。

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 グラバー邸の庭先から見る風景もまた素敵だったな。

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 庭には花壇があって、たくさんの花が咲き誇っていたよ。

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 長崎を代表する素晴らしき観光スポットだったな。
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 それは、長崎を訪れた日の話。長崎まで来たなら、必ず訪れたいのが大浦天主堂だよね。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産の一つに指定されている、日本に現存する最古のキリスト教関連施設。国宝でもあり、たくさんの隠れキリシタンたちが訪れて、自らの宗教心を語ったという、歴史的建造物だよ。

 この雄姿は、ガイドブックや観光サイトなんかで、たびたび目にするよね。

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88_31←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね

 市電が通る朝方の街は、とっても静か。大浦天主堂から歩いて10分程度にあるホテルに泊まっていたボクは、天主堂が開く時間に合わせて、街を歩いてみたんだ。

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 坂を登れば、その先あるのが、大浦天主堂。

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 門を閉ざされた大浦天主堂は、なんだか冷厳な雰囲気だったな。

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 ところが、門が開いたとたんに、何だか柔らかい表情に見えるから不思議。

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 ヨハネ・パウロ2世の銅像も、優しく迎えてくれるのだ。

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 マリア様も、温かく見守ってくれるのだ。

 この聖堂、正式には、「日本二十六聖殉教者聖堂」って言うんだね。中の調度は古めかしくて歴史の長さを感じる、重々しい、それでいてとても美しい聖堂だったよ。さすがの世界遺産だと思ったな。

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 奥には、博物館も作られていて、江戸時代、長崎でひそかに信仰されていたキリスト教の歴史がひも解かれていたんだ。ボクが思っていたよりもはるかにたくさんの教会堂が維持され、はるかにたくさんの人々が信仰を続けていたことがわかって、とても意外だったんだ。こんなに大勢いたとは思わなかった。

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 建物はとても古めかしくて、中を歩いているだけでも、ああ、長崎までやって来たなと、しみじみ思ったり。

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 建物だけ見ていると、日本ではないような雰囲気に包まれるよ。

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 この通りの感じなんて、ヨーロッパの小道みたい。何とも異国情緒のあふれるエリアだったんだ

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