富山で飲み食い・おぼえ書きブログ

富山で見つけたおいしいお店やこじゃれたお店を書いていく、富山なグルメのブログなんだ。どこへ行ったか忘れてしまわないようにね。 わたしの好みだから、「それはちがう」とか言わないでいただきたい。 ときには、旅した記録も、書き残すことにするよ。

カテゴリ: 富山のことを書いた本

 ボクって、古本屋さんを訪ねるのが好きなんだけどね。富山のことを書いた古い本で、気になる本があるとついつい買っちゃうんだ。この日書棚を眺めていて、こんな本があったのを見つけたよ。「新訂 富山県の歴史と文化」は、昭和38年3月の発行というから、かれこれ60年前の本。

 富山県史編纂委員会が編集したっていうから、富山県史からダイジェスト的に抜き出した本なのかもしれないね。そして、学生に読んでほしいとあとがきに書いてあるところから、中学校あたりの社会科の副読本として使われていたみたい。何しろ、この本にも『1ノ2 ○○○○』と元の持ち主の名前が書いてあるほどだから。

20231225_084847~2

88_31←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね

 60年前には最新だった知見をもとに書かれた本というのが面白いよね。何とも云っても、各章の項目が、今では考えられないようなカテゴライズのされ方なんだ。

 『藩政のもとに』というタイトルに1章がさかれていて、全200ページのうちの50ページほども記述があるんだよね。富山県となってからの記述が70ページほどしかないことを思うと、その量は圧倒的。

 内容はといえば、富山藩の起こりから始まって、加賀藩の統治制度や新田開発、売薬をはじめとする行商の様子などなど、今なら、富山の歴史の専門書でしか読めないようなさまざまな事象が紹介されているんだ。当時の人々がこういう歴史を常識として若者たちに伝えたいと考えていたんだと思うと、なんだかとっても興味深い。この程度のことは知っておきなさい、という内容なんだよね、これでも。

20231225_084955

 廃藩置県当時の県政の仕組みもかなり詳しく書かれていて、明治初頭の地方自治の様子がよくわかったり、富山での文明開化がどのように進んだかを、具体的な事例を挙げて書かれていたりするんだ。今読んでも面白いし、今また復刊しても読みたがる人がけっこういるのではないかと思ったりしたよ。

20231225_085047~3

 新しい農業として、耕馬に代わって耕運機が普及し始めたことが、誇らしげに書かれていたよ。その数2万台と全国一の普及だったそうだけど、それまでは、岐阜・石川・長野から借馬をしていた、っていうから、農業の様子は、今とは全く違っていたんだということがよくわかるんだ。

20231225_085103~2

 そして、黒部第4ダムも建設中。富山新港も新港火力発電所も建設を計画しているところだ、っていうから、高度経済成長以前のお話だよね。60年というのは、実に大きな歴史を実感できる年月でもあるのだった。

20231225_085202

    このエントリーをはてなブックマークに追加

 戦国時代の武将に佐々成政(さっさ なりまさ)っていう人物がいたのを知ってる?織田信長の家臣で、「本能寺の変」が起こったときに、当時の越中国、つまり今の富山を治めていた人物だよ。

 当時、越中国は、信長のライバルの一人、上杉景勝が東どなりの越後から虎視眈々(こしたんたん)と侵略の機会をねらっていたんだ。佐々成政は、信長の家臣として、最前線で上杉と対峙していたってわけ。だから、「本能寺の変」の後も京に駆けつけることはできず、信長の後継者を決めた「清須会議」にも参加できなかったんだ。

 豊臣秀吉と柴田勝家が対立して合戦となったときには、勝家の味方になり、秀吉と通じた景勝と再び対峙した人物だよ。勝家を破り前田利家と和睦した秀吉と、富山の地にあって対立し続けた豪胆な武将なんだ。

 ちなみに、この時秀吉は富山までやって来たんだけど、本陣を置いた場所が後に「太閤山」と呼ばれるようになったんだって。城山のてっぺんに築かれた白鳥城には前田利家が布陣したというし、婦中に跡が残る安田城や、元の五福小学校が建ってた小高い土地に築かれた大峪(おおがけ)城は、その出城だった、なんて話を聞くと、悠久の歴史をしみじみと感じるよね。

DSC07838

88_31←富山を元気にするブログがいっぱいあるから、見てね。

 佐々成政が富山を領国にしていたのは、わずか5年ばかり。でも、その間に、富山の人々の心に残る様々な政策を行ったことで知られているよね。遠藤和子さんは、そんな佐々成政の軌跡を、2冊の本に表しているんだ。

 『佐々成政〈悲運の智将〉の実像』は、文献をもとに書き記したノンフィクション作品。そして、『物語・佐々成政』は、ノンフィクション作品で明らかにした事実をもとに書き記した、文字通りの物語だよ。

DSC07839

 冬の立山を越えて、徳川家康に助力を頼みに行った『ざら越え』とか、洪水をしょっちゅう起こしていた常願寺川に、当時『佐々堤』と呼ばれた霞堤(かすみてい)というスタイルの堤防を築いたとか、佐々成政の生涯を克明に描いているんだ。

87bd0728 (2)

 成政は、最後には秀吉の軍門に下り、後に熊本に配されたよ。そこでは国をうまく治めることができず、詰め腹を切らされてしまったけどね。でも、富山県人にとっては、ひとかどの人物なのだった。

    このエントリーをはてなブックマークに追加

 最近、北日本新聞でも富山テレビでも、ずっと映画「大コメ騒動」の宣伝をやってるよね。富山出身の本木克英監督がメガホンを取り、室井滋さんとか柴田理恵さんとか立川志の輔師匠とか富山オールスターズがキャスティングされているという、富山づくしのこの映画。

 大正時代に、米騒動が富山から始まったように、この映画のヒットも富山から湧き起こそうということだろうけど、同じく本木監督の作品「超高速!参勤交代」みたいにヒットしてくれるいいよね。

 ところで、その「米騒動」って、どんな出来事だったかは、みんな知ってる?ボクの書斎の富山関連本の中に『いま、よみがえる米騒動』っていう本があったから、掘り出してみたよ。

DSC07840

88_31←富山を元気にするブログがいっぱいあるから、見てね。

 米騒動が起こったのは、1918年、っていうから、今からかれこれ100年以上も昔のこと。この本には帯に『70周年のいま』なんてあるから、この本自体もかれこれ30年以上前の古書なのだった。

DSC07841

 巻の3分の1は、昭和48年に北日本新聞に連載された、当時の関係者の証言をもとにした内容になっていて、実際に米騒動に参加した人たちの生の声を知ることができるという、とっても貴重な本なんだ。当時の人々の暮らしぶりや、米騒動が広がっていく経緯が、生々しく伝わってくるよ。

DSC07842

 当時の警察が、「騒動が広がったのは、新聞が煽ったせいだった」と言ってたらしいことも、旧滑川署から見つかったっていう文書をもとに、明らかにしているよ。戦前の官憲は、怖かったんだね。

 映画は映画だから、当時の様子を多少デフォルメしていると思うんだけど、それでも、当時の人々の気概を伝えるという意味では、とっても価値ある作品にちがいない

    このエントリーをはてなブックマークに追加

 ボクがずっと探していた富山の民話を集めた本「黒部の花よめ」。この間、北海道の古書店にあるのを教えてもらったところだったけど、その後すぐに、たまたま総曲輪にある古書店「Bookend」に寄り道してみたら、何と書棚にさりげなく並んでいるではないか

 これまでこの店には何度も訪れていたのに、目にしたことはなかったこの本。出会うきっかけがあると、こうしていくつにも出会えてしまうものなのだろうか。とはいえ、目の前にあるこの本を買わない手はあるまいと思って、早速購入したのだった。

DSC_6440

88_31←富山を元気にするブログがいっぱいあるから、見てね。

 「立山のうば石」「佐々成政のザラ越え」といったよく知られたお話から、「おせんの谷(朝日)」「かがみの宮のスクナヒコ(新湊)」といった、今は失われてしまったであろうお話まで、44編が集められているよ。「富山の民話と伝承童話2」というサブタイトルがついているんだけど、「花さかじじい」が載っているのは、元にした本に上新川郡から採集って書いてあったからなんだって。表題作「黒部の花よめ」は、20pもあって読みごたえがあるね。

 かくしてそろった3冊を並べてみたよ。あとの2冊は「立山のてんぐ」と「有峰の大助小助」。いずれも昭和の中ごろまでには県内各地に伝わっていた民話を、稗田菫平さんがまとめたもの。今となっては、貴重な富山遺産だよね。

DSC_6441





    このエントリーをはてなブックマークに追加

このページのトップヘ