ボクって、古本屋さんを訪ねるのが好きなんだけどね。富山のことを書いた古い本で、気になる本があるとついつい買っちゃうんだ。この日書棚を眺めていて、こんな本があったのを見つけたよ。「新訂 富山県の歴史と文化」は、昭和38年3月の発行というから、かれこれ60年前の本。
富山県史編纂委員会が編集したっていうから、富山県史からダイジェスト的に抜き出した本なのかもしれないね。そして、学生に読んでほしいとあとがきに書いてあるところから、中学校あたりの社会科の副読本として使われていたみたい。何しろ、この本にも『1ノ2 ○○○○』と元の持ち主の名前が書いてあるほどだから。

←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね
。
60年前には最新だった知見をもとに書かれた本というのが面白いよね。何とも云っても、各章の項目が、今では考えられないようなカテゴライズのされ方なんだ。
『藩政のもとに』というタイトルに1章がさかれていて、全200ページのうちの50ページほども記述があるんだよね。富山県となってからの記述が70ページほどしかないことを思うと、その量は圧倒的。
内容はといえば、富山藩の起こりから始まって、加賀藩の統治制度や新田開発、売薬をはじめとする行商の様子などなど、今なら、富山の歴史の専門書でしか読めないようなさまざまな事象が紹介されているんだ。当時の人々がこういう歴史を常識として若者たちに伝えたいと考えていたんだと思うと、なんだかとっても興味深い。この程度のことは知っておきなさい、という内容なんだよね、これでも。

廃藩置県当時の県政の仕組みもかなり詳しく書かれていて、明治初頭の地方自治の様子がよくわかったり、富山での文明開化がどのように進んだかを、具体的な事例を挙げて書かれていたりするんだ。今読んでも面白いし、今また復刊しても読みたがる人がけっこういるのではないかと思ったりしたよ。

新しい農業として、耕馬に代わって耕運機が普及し始めたことが、誇らしげに書かれていたよ。その数2万台と全国一の普及だったそうだけど、それまでは、岐阜・石川・長野から借馬をしていた、っていうから、農業の様子は、今とは全く違っていたんだということがよくわかるんだ。

そして、黒部第4ダムも建設中。富山新港も新港火力発電所も建設を計画しているところだ、っていうから、高度経済成長以前のお話だよね。60年というのは、実に大きな歴史を実感できる年月でもあるのだった。

富山県史編纂委員会が編集したっていうから、富山県史からダイジェスト的に抜き出した本なのかもしれないね。そして、学生に読んでほしいとあとがきに書いてあるところから、中学校あたりの社会科の副読本として使われていたみたい。何しろ、この本にも『1ノ2 ○○○○』と元の持ち主の名前が書いてあるほどだから。

←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね
。60年前には最新だった知見をもとに書かれた本というのが面白いよね。何とも云っても、各章の項目が、今では考えられないようなカテゴライズのされ方なんだ。
『藩政のもとに』というタイトルに1章がさかれていて、全200ページのうちの50ページほども記述があるんだよね。富山県となってからの記述が70ページほどしかないことを思うと、その量は圧倒的。
内容はといえば、富山藩の起こりから始まって、加賀藩の統治制度や新田開発、売薬をはじめとする行商の様子などなど、今なら、富山の歴史の専門書でしか読めないようなさまざまな事象が紹介されているんだ。当時の人々がこういう歴史を常識として若者たちに伝えたいと考えていたんだと思うと、なんだかとっても興味深い。この程度のことは知っておきなさい、という内容なんだよね、これでも。

廃藩置県当時の県政の仕組みもかなり詳しく書かれていて、明治初頭の地方自治の様子がよくわかったり、富山での文明開化がどのように進んだかを、具体的な事例を挙げて書かれていたりするんだ。今読んでも面白いし、今また復刊しても読みたがる人がけっこういるのではないかと思ったりしたよ。

新しい農業として、耕馬に代わって耕運機が普及し始めたことが、誇らしげに書かれていたよ。その数2万台と全国一の普及だったそうだけど、それまでは、岐阜・石川・長野から借馬をしていた、っていうから、農業の様子は、今とは全く違っていたんだということがよくわかるんだ。

そして、黒部第4ダムも建設中。富山新港も新港火力発電所も建設を計画しているところだ、っていうから、高度経済成長以前のお話だよね。60年というのは、実に大きな歴史を実感できる年月でもあるのだった。








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。表題作「黒部の花よめ」は、20pもあって読みごたえがあるね。
