富山で飲み食い・おぼえ書きブログ

富山で見つけたおいしいお店やこじゃれたお店を書いていく、富山なグルメのブログなんだ。どこへ行ったか忘れてしまわないようにね。 わたしの好みだから、「それはちがう」とか言わないでいただきたい。 ときには、旅した記録も、書き残すことにするよ。

カテゴリ: 富山のこれな〜んだ?

 この日は、磯部の辺りを散歩していたんだ。この辺りを、じっくりゆっくり歩いてみるのは初めてだったんだよね。

 BBTから前の通りを北に向かって進み、ポルトガル料理のレストラン「コンヴィーヴィオ」のある小さな交差点を東に曲がって少し進むと、こんな石塔が立っているのに気づいたよ。

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 嘉永6(1853)年に建立された法界塔。神通川の氾濫をしずめ、水害で亡くなった人々の魂を慰めるために、富山法華宗の信徒が建てたんだって。できてから、かれこれ170年も経つ、富山の歴史をずっと見つめてきた石碑なんだ。

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 毎年、7月23日には、供養を捧げているんだとか。水害からくらしを守りたいという願いは、永遠になくなることはないからね。

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 建立から150年経った平成15(2003)年には、大修理も行っているみたい。今の威容ならば、これから100年は、富山を守り続けてくれることだろうね。

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 設置されているのは、「万寿橋」のたもと。街の中には、こんな歴史が随所にあるのだろうと思った、散歩デイだったよ。

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 2024(令和6)年1月の能登半島沖地震で大きくな被害を受けて以来、ずーっと改修工事を続けてきた松川べり。

 県民会館の横辺りは、大きくひび割れたり、道路部分が川に崩れかかったりしていて、被害が大きかったけど、ここにきて、流れをせき止めて大改修を進めているのを見かけたよ。重機がいくつも入って、かなり大がかり。

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 松川っていうのは、もともと、神通川の流れていた部分を埋め立てた端の部分に、人工的に残した川の流れ。大きな地震があれば崩れてしまいそうになるのも、人の力で築かれた部分だから、やむを得ないといえばやむを得ないお話なんだ。

 完全に流れを移し替えたのは大正10年(1921)頃のこと。今から100年も昔のこととなれば、なおさらだよね。

 とはいえ、ここで改修するからには、次の100年はびくともしないものにしたいところ。工事に時間がかかるのも当然なのだ。工事は、12月の半ばまでなんだって。工事関係者の皆さんは、寒い中、大変だと思うけど、よろしくお願いします

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 よく歩いたり公共交通機関を利用したりするとポイントが増えていく富山市の公式アプリ「とほ活」って知ってる?ときどき、たまったポイントを使うプレゼント応募があって、抽選でスマートウオッチとか富山名産品とかがもらえたりするんだよね。

 この「とほ活」の中の「コレクション」をタップすると「富山ガラス ストリートミュージアム・ラリー」というのに参加できるんだ。街のあちこちに置いてあるガラスアートを7箇所訪ねてQRコードでスタンプを集めると、ポイントがもらえるというしかけ。コンプリートするとさらにボーナスポイントがもらえるのだ。


 この日は、散歩がてらガラスアートを訪ねてみたんだ。こちらは、「オーバードホール中ホール」。中ホールに入るのは、初めてだったかも。

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 イベントがない日は、ただの空き箱になってるのが残念。奥のテーブル席は、高校生の学習コーナーになってたけど、もっとオープンにして、普段から人が自由に入れるようになってたらいいのにね。

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 「Dタワー富山」の1階にも一つ作品が置いてあるんだ。オフィスの入り口にあるから、平日しか訪れることができないよ。「Dタワー富山」は、1階のフードコートがもうすぐリニューアルするんだってね。

 前は、フードコートな造りなのに店ごとにしか注文できないという、若干残念なシステムだったけど、リニューアル後は、どこの店からでも客席に運んできてくれるんだとか。システムが変わって、利用者が増えるといいと思うね。

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 「ホテルグランテラス富山」に置いてあったのがこちら。

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 「富山市役所」の作品は、最上階の展望台に置いてあったよ。エレベーターで昇って、ついでに市街地を一望できるのだ。

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 この日は、けっこうインバウンドな人がいて、「おおぉ、ここを訪れるのか」と驚いたよ。

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 1階には、朝乃山が優勝した時の大きな額が、国技館から運ばれて飾られていたんだ。引いて写した写真を見ると、その大きさがわかるよね。近くで見ると、笑えるほど大きいのだ。

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 こちらは、「富山県民会館」のガラスアート。

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 ここには、「2025年に行くべき52カ所」に富山を選んだ、ニューヨーク・タイムズの記事も展示されていたよ。

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 さらに目を引いたのが、銅の鋳物で造られた「富山湾鮨」。こちらの方が、インパクトが大きいではないか。

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 高岡銅器は、富山を代表する伝統的工芸品。

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 それで、寿司のアートを作ってしまうとは、「寿司といえば、富山」を広げようという富山県の本気度が、うかがわれるのだった。

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 この他に、「MAROOT」「ホテルヴィスキオ富山」にも置いてあって、全部で7箇所。開催は、11月24日までだから、行こうと思う人は急いでね。


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 それはこの間、岩瀬の街を徘徊して回った日のお話。『満寿泉』を醸造する蔵元「桝田酒造店」の前を通ったら、何だか、扉が素敵になっているではないか。

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 以前にここを通ったときには、普通の扉だったと思うけど、今は、竜の模様の陶器が貼り付けてあるんだ。桝田酒造店の社長さんは、岩瀬の街のビジュアルをすごく大切にしていて、ずーっと、街づくりを応援してるという話を聞いたことがあるよ。

 古い街並みを維持する支援をしたり、他県から来た人が入りたくなるグルメなお店を呼び寄せたりとがんばってるおかげで、岩瀬の古い街並みは、年々洗練されてきてると思うんだ。この扉も、きっとその一環だね。

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 この日は、「富山地方鉄道富山港線」に乗って、岩瀬浜駅までやってきたよ。

 「富山地方鉄道富山港線」というと、なんだか古めかしい地方ローカル鉄道のイメージだけど、走っている車両はとっても現代的なLRT。だから、地鉄に吸収される前の「富山ライトレール」の方が、列車のイメージそのままの路線名だと思うんだよね。

 「富山地方鉄道ライトレール線」って呼んだ方が、今の路線の特徴をよく表していると思うんだ。命名のセンス、っていうのも、その会社の考え方を表してるんじゃないかと思うのは、ボクだけだろうか?未来を向いているか、過去にしがみついているかの違いが出ちゃうと思うんだよね。


 富山港線で主に走ってる車両「ポートラム」は、鉄道友の会が毎年表彰するブルーリボン賞を受賞してるけど、それも2007年のお話。もうすぐ20年も経つ話かと思うと、もはや新しい車両とはいえなくなってきたかもしれないね。その分、富山の生活に根付いているといえるけど。

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 この「岩瀬浜駅」は、レールの切れ方といい、電線の終わり方といい、とっても終着駅感が強いと思うんだ。そこに、哀愁を感じて、ときどきやってきたくなるボクなのだった。

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 10月1日は、「新湊曳山まつり」の日。毎年、この時期になると、新聞やテレビニュースにその場面が報道されるけど、これまで一度も見に行ったことはなかったんだ。今年は、時間に余裕があったから、平日開催のこのイベントを、一度見に行ってみようと思ったのだ。「高岡御車山祭」に続いて、県内のお祭り2つ目の参加だよ。

 富山駅北口から、無料の送迎バスが何本か発車してる、ってことを、9月30日の新聞で告知してることに気づいたんだ。14:00発のバスで、「クロスベイ新湊」へ向かうことにしたよ。

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 朝、9:00に放生津八幡宮を出発した曳山は、午前中いっぱいをかけて街中を練り歩き、15:00頃に、「クロスベイ新湊」の駐車場に整列するんだ。ここで、来賓等を迎えたセレモニー等を行うみたい。

 曳山には、若集が何人も乗り込んでて「あ、イヤサー、イヤサー」と声をかけるんだ。曳山を引く若集がそれにこたえて「イヤサー、イヤサー」と謳いながら、大きな曳山を転がしていくんだよね。その姿たるや、勇壮で楽しげで、祭りを愛してやまない町衆の心意気が伝わってきたんだ。

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 曳山は、各町内に1基ずつあるから、合計13台。それだけの曳山が並ぶと、壮観だよね。

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 曳山の見どころの一つは、角を曲がるところ。引き手と押し手で一斉に押し合って、一瞬で曳山の向きを変えるんだ。

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 だから、曳山が通った後は、見事なまでの車輪の跡が残るのだ。

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 こうして、1日かけて、新湊旧町部、内川のまわりを巡るのが、曳山まつり、なんだよね。街全部が祭り一色に染まっていて、何とも迫力のある祭だったよ。街と祭を大切に思ってる住民愛を思ってた以上に感じて、感動してしまったんだ。

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 普段、曳山がしまわれる倉庫も、この日は、開放されてて、その中が見られるのも面白かったよ。

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 この「新湊曳山まつり」は、街をあげての祭りになってるけど、実は「放生津八幡宮」の秋季祭礼。だから、ボクもお参りしてきたんだ。八幡宮のまわりは、祭り屋台がずらりと並んで、にぎにぎしくなっていたよ。

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 曳山は、「クロスベイ新湊」駐車場で、夜装束をまとうんだ。曳山全体を提灯で包み込む感じ。灯りをともして、残りの街を巡行していくよ。これがまた、幻想的で、それでいて、変わらぬ迫力を維持していて、とっても素敵だったんだ。

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 夜の巡行は、「湊橋」付近がクライマックス。クランクになってる橋への上り坂を、一気に押し上げるところで、無事に頂点にたどり着くたびに、大きな拍手が沸き上がっていたんだ。

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 見ている人の心を大きく動かす祭りだったよ。そして、何よりも、曳山を引いている人々が、心から楽しんでいることがよく伝わってきて、素敵な祭りだったんだ。

 この日は、能登のクラフトビールブリュワリーも祭りに参加していたよ。これは、いただくしかあるまい。『NOTO, NOT ALONE』。能登は一人じゃない、って、素敵ではないか。

 3種のクラフトビールがある中で、ボクが選んだのは『ヴァイツェン』。とてもスタンダードな『ヴァイツェン』で、飲みやすくてうまかったよ。

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 一緒に『輪島やぶ天(たこ天)』もいただいたよ。タコの身がぶつぶつとたくさん入ったすり身揚げ。揚げたてを食べたから、これまた絶品だったんだ。

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 それは、中央小学校の近くを散策していた日のお話。この日は、通ったことのない道をつなぎながら歩いていたんだ。こんな街中なのに、初めての道が意外にもたくさんあるんだよね。車ではなかなか通らない道もたくさんあるから、当たり前っちゃあ当たり前のお話。

 その時、ふと出会ったのがこのお寺。「富山寺」という名前だというではないか。

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 「とやまでら?」と驚いて、説明書きを見たら、読み名は「ふせんじ」というんだって。正式には「藤居山富山寺」。真言宗の寺なんだって。建立は奈良時代で、建てた人は行基だというから、何とも歴史のあるお話だよねぇ。

 行基というと、聖武天皇に協力して奈良の大仏の建立に力を尽くした人でしょ。そんな歴史上の偉人が、富山にも来ていたとは、この説明書きを見るまで全く知らなかったな。そして、富山の地名も、この寺の名前に起因しているというから、やっぱりねといった感じ。

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 横には、立派な観音様が祀られていたよ。

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 歴史のある寺だけど、今は、近代的な造りに建て替えられているね。かつては富山城の辺りあったみたいだけど、今の場所に移ったのは、佐々成政が富山城にいた戦国時代のお話だとか。

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 この辺りは、空襲で焼け野原になった場所だから、古い建物が残ってないのはやむを得ないけど、戦前は、どのような建物が建ってたのだろうか?写真とかあったら、見てみたいものだと思ったよ。

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 昨日、5月1日は、高岡御車山(みくるまやま)祭が行われた日。高岡の山町筋周辺の町内が持つ7基の御車山を引き回す祭りの日だよ。

 その歴史は古く、今から400年以上も昔、前田利家が豊臣秀吉から拝領した御所車を、加賀前田藩2代目藩主前田利長が、高岡の町民に与えたのが始まりだといわれているんだ。歴史の教科書に登場する人々が、そのきっかけを作っただなんて、この祭りも日本史の一部になってるってことだね。

 前々からうわさに聞いてたそのお祭りを、今年、初めて生で見る機会に恵まれたんだ。空は、見事な快晴。見事なまでに絶好の巡行日和だったよ。12時には、片原町交差点に7基の御車山が勢ぞろい。裃を着た先導の方々もずらりと並んで、実に壮観な眺めだったんだ。

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 高岡御車山祭は、その歴史の長さから、ユネスコ無形文化遺産に登録されているんだ。また、国の有形・無形民俗文化財の両方の指定を受けている5件のうちのひとつなのだとか。

 あとの4件のうちの2件は、京都祇園祭、高山祭だというから、これらの祭りと同列にあるってことになるよね。何とも誇らしいお話。

 この日、その誇りを感じさせる美しい曳山は、太陽の光を浴びてキラキラと輝き、さらに美しくたたずんでいたのだ。

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 御車山勢揃式には、新田知事も参加。

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 7基が等間隔で勢揃いしていく様子も、なかなかに壮観だったよ。

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 高岡御車山保存会の会長はとつとつと、高岡市長はエネルギッシュにあいさつ。どちらも、熱のこもったメッセージで、ちょっと胸が熱くなったよ。

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 この曳山祭りのために、万葉線の架線が一時的に外されていたことにも驚いたんだ。何しろ、こんな風に、すっかり開けてしまっているんだからね。

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 御車山が通り過ぎた後は、すぐに、復旧の工事が行われていたよ。毎年、こんな風に、架線を動かしているとは、頭の下がるお話だと思ったな。すぐに移動、復旧できるように架線が造られていることも素晴らしい。

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 いつもは御車山がしまわれてる収蔵庫も、この日だけは、空になるのだ。

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 車輪を守るためのカバーだと思われるけど、つくられた年が、文久2年と書いてあったよ。西暦でいうと1862年。明治維新の5年前、今から160年以上も昔の話だね。

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 高岡御車山会館も、この日は、無料開放。展示されてた御車山も巡行に出ているんだから、そりゃ無料で開放するしかないよね。

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 御車山会館後ろの狭い路地を曳かれていく御車山。

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 すぐ横で見上げれば、その迫力に圧倒されるばかりだよ。

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 山町筋を行く御車山。この界隈には、明治の大火後の土蔵造りの家々が建ち並んでいるんだ。

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 青空と金色の飾りのコントラストが目にまぶしいね。

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 町内の代表の家の前で止まり、神事を行っていたよ。

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 思っていた以上に、勇壮で豪華絢爛なお祭りだったな。この感じは、博物館の展示や映像を見るだけでは、決してわからないね。まさに百聞は一見に如かずなのだ。

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