それは、徳島の秘境「祖谷のかずら橋」近くで
1か月過ごした日々のお話。


日本には、江戸時代に建築され天守閣が
12棟残っている。
これらを「現存十二天守」と呼んでいる。
先日訪れた「丸亀城」もその一つ。

高知市にある「高知城」も、
また「現存十二天守」の一つだという。


祖谷の地から、車で走れば約2時間。
祖谷の人々からしたら、
すぐ行ける、近くの場所ということらしい。

そうまで言われれば、
訪れるしかないではないか。

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追手門と天守閣が残るのは
丸亀城、弘前城とこの高知城の3城のみ

88_31←わたしを応援してくださって、ありがとう。

「高知城」は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、
戦国時代の三傑に従って出世した唯一といってもよい武将、
山内一豊によって築城された。

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城前の一角にある 藩祖山内一豊の銅像

関ケ原の合戦の恩賞として
土佐を与えられた一豊だが、
それまで土佐を支配していた
長宗我部氏の残党の抵抗にあうなど、
入領当初は苦労したらしい。

しかし、民心を掌握した後は、
名君として名をはせた。

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慶長年間に創建され 1664(寛文4)年に再建された

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この梁(はり)もまた見事

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国宝とあるが それは戦前の話
現在は国の重要文化財だ

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工事の際に記された刻印が見える

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刻印された「シ」の字

城は小山の上に築かれ、
天守までたどり着くのは、
けっこう大変だった。

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丸亀城ほどではなかったが そこそこの坂
この坂を行く藩士は大変だっただろう

追手門、詰門なども残り、
また、排水のために石垣の各所に設けられた
石樋(いしどい)なども散見されて、
江戸期の威容を感じさせる。

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一番大きな石樋 下に行くほど大きいらしい


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高知は全国有数の多雨地帯であり排水に注意が払われた
そんな知識が江戸時代の始めに
すでにあったというのが素晴らしい

山内一豊の妻は、
名がはっきりと伝わっていないにもかかわらず、
嫁入りの持参金で(へそくりで、ともいうらしいが)、
名馬を買って夫に与え、
その馬が、信長の目に留まって、
家臣として取り上げられるようになったと、
語り継がれており、
良妻の鏡として知られている。

敷地内にも、
その銅像が、馬の像と共に残る。

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像自体は、昭和40(1965)年作と比較的新しい

高知城は、山内容堂(この人も15代目だ)の
居城としても知られる。

明治維新で大きな役割を果たしたこともあってか、
天守は残り、
現存天守としては唯一、
本丸御殿も残された。

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見上げれば見事な天守閣

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三の丸石垣は平成年間に改修工事が行われた

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堂々たるたたずまい

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空堀をまたぐ形で造られた詰門
階上が登城した武士の詰所になっていたので
詰門と呼ばれる

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詰門の入り口と天守閣
天守閣は近くに見えるがまだまだ先にある

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詰門の階上の廊下部分

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武士たちはこの襖の奥に控えていた

本丸御殿は、広くはないが、
落ち着いた造りで、
藩主の生活する場所にふさわしい。

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かつてどこの城でも天守閣の横には本丸御殿があった

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ここから先は入場料が必要

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まずは玄関広間

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廊下を抜けて生活空間へと向かう

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廊下の窓の桟

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組んだ造りは江戸時代のまま

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山内家の家紋は三菱の「スリ―ダイヤ」のルーツになった

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「二の丸欄間」が展示されていた

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この彫刻の細かさは展示に値するだろう

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広間がつながる本丸御殿

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山内容堂も歩いたであろう廊下を歩く

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一番奥の広間 ここが殿様の間か

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大きな床の間に存在感

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扉の奥が武者隠れ
藩主を守る藩士が詰めていた

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武者隠れの奥は意外に広いこれなら長時間でも大丈夫かも

天守閣は、外観は四重。
内部は、3層6階建て。

1749(寛延2)年に再建されたというから、
建ってからかれこれ280年というところか。

最初の天守閣は、
1727(享保12)年の大火で焼け落ち、
再建まで20年の歳月をかけている。

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下の層はかなり広々 模型なんかも余裕で置ける

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天守閣には必須の石落とし


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一層上がったがまだまだ広い 丸亀城よりは相当大きい

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本丸御殿の鬼瓦

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さらに一層上がる

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もう一層上ると かなり狭くなる

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これを登れば最上階

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ようやくたどり着いた高知城天守閣の一番上

最上階からは、
高知の街が360度一望でき、
領主としての満足心を得られたことと思う。

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殿様気分で街を眺めてみよう

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高知の街は盆地 海からはかなり離れている

「現存天守」に登ると、
当時のお殿様気分にひたれて、
実に気持ちがよい。

この感覚は、
昭和の再建天守で味わうものより、
濃密な気がする。

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京からも江戸からもずいぶん離れたこの場所を
治めるようにいわれたときの山内一豊は
どのような心境だったのか

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「西多聞」は本丸を囲む櫓の一つ

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「黒鉄門」から「太鼓丸」へと抜けられる

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さしずめ裏口からの抜け道といったところか

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「太鼓丸」に置かれた鐘釣堂
時を知らせていたのか

忍び返しも、全国で唯一、
オリジナルが現存しており、
お飾りではなく、
実戦での運用を考えられた城であった。

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この部分だけに設けられている忍び返し

今回の旅で、丸亀城、高知城と
「現存十二天守」の内の2天守を訪れた。

これまでに、
姫路城、松本城、松山城、弘前城を
訪れたことがあった。

気付けば、半分をクリアしているではないか。
残りの6城にも、いつかは訪れたいものだ。



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