それは、徳島の秘境「祖谷のかずら橋」近くで
1か月過ごした日々のお話。
日本には、江戸時代に建築され天守閣が
12棟残っている。
これらを「現存十二天守」と呼んでいる。
先日訪れた「丸亀城」もその一つ。
高知市にある「高知城」も、
また「現存十二天守」の一つだという。
祖谷の地から、車で走れば約2時間。
祖谷の人々からしたら、
すぐ行ける、近くの場所ということらしい。
そうまで言われれば、
訪れるしかないではないか。
←わたしを応援してくださって、ありがとう。
「高知城」は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、
戦国時代の三傑に従って出世した唯一といってもよい武将、
山内一豊によって築城された。
関ケ原の合戦の恩賞として
土佐を与えられた一豊だが、
それまで土佐を支配していた
長宗我部氏の残党の抵抗にあうなど、
入領当初は苦労したらしい。
しかし、民心を掌握した後は、
名君として名をはせた。
城は小山の上に築かれ、
天守までたどり着くのは、
けっこう大変だった。
追手門、詰門なども残り、
また、排水のために石垣の各所に設けられた
石樋(いしどい)なども散見されて、
江戸期の威容を感じさせる。
山内一豊の妻は、
名がはっきりと伝わっていないにもかかわらず、
嫁入りの持参金で(へそくりで、ともいうらしいが)、
名馬を買って夫に与え、
その馬が、信長の目に留まって、
家臣として取り上げられるようになったと、
語り継がれており、
良妻の鏡として知られている。
敷地内にも、
その銅像が、馬の像と共に残る。
高知城は、山内容堂(この人も15代目だ)の
居城としても知られる。
明治維新で大きな役割を果たしたこともあってか、
天守は残り、
現存天守としては唯一、
本丸御殿も残された。
本丸御殿は、広くはないが、
落ち着いた造りで、
藩主の生活する場所にふさわしい。
天守閣は、外観は四重。
内部は、3層6階建て。
1749(寛延2)年に再建されたというから、
建ってからかれこれ280年というところか。
最初の天守閣は、
1727(享保12)年の大火で焼け落ち、
再建まで20年の歳月をかけている。
最上階からは、
高知の街が360度一望でき、
領主としての満足心を得られたことと思う。
「現存天守」に登ると、
当時のお殿様気分にひたれて、
実に気持ちがよい。
この感覚は、
昭和の再建天守で味わうものより、
濃密な気がする。
忍び返しも、全国で唯一、
オリジナルが現存しており、
お飾りではなく、
実戦での運用を考えられた城であった。
今回の旅で、丸亀城、高知城と
「現存十二天守」の内の2天守を訪れた。
これまでに、
姫路城、松本城、松山城、弘前城を
訪れたことがあった。
気付けば、半分をクリアしているではないか。
残りの6城にも、いつかは訪れたいものだ。
1か月過ごした日々のお話。
日本には、江戸時代に建築され天守閣が
12棟残っている。
これらを「現存十二天守」と呼んでいる。
先日訪れた「丸亀城」もその一つ。
高知市にある「高知城」も、
また「現存十二天守」の一つだという。
祖谷の地から、車で走れば約2時間。
祖谷の人々からしたら、
すぐ行ける、近くの場所ということらしい。
そうまで言われれば、
訪れるしかないではないか。
←わたしを応援してくださって、ありがとう。
「高知城」は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、
戦国時代の三傑に従って出世した唯一といってもよい武将、
山内一豊によって築城された。
関ケ原の合戦の恩賞として
土佐を与えられた一豊だが、
それまで土佐を支配していた
長宗我部氏の残党の抵抗にあうなど、
入領当初は苦労したらしい。
しかし、民心を掌握した後は、
名君として名をはせた。
城は小山の上に築かれ、
天守までたどり着くのは、
けっこう大変だった。
追手門、詰門なども残り、
また、排水のために石垣の各所に設けられた
石樋(いしどい)なども散見されて、
江戸期の威容を感じさせる。
山内一豊の妻は、
名がはっきりと伝わっていないにもかかわらず、
嫁入りの持参金で(へそくりで、ともいうらしいが)、
名馬を買って夫に与え、
その馬が、信長の目に留まって、
家臣として取り上げられるようになったと、
語り継がれており、
良妻の鏡として知られている。
敷地内にも、
その銅像が、馬の像と共に残る。
高知城は、山内容堂(この人も15代目だ)の
居城としても知られる。
明治維新で大きな役割を果たしたこともあってか、
天守は残り、
現存天守としては唯一、
本丸御殿も残された。
本丸御殿は、広くはないが、
落ち着いた造りで、
藩主の生活する場所にふさわしい。
天守閣は、外観は四重。
内部は、3層6階建て。
1749(寛延2)年に再建されたというから、
建ってからかれこれ280年というところか。
最初の天守閣は、
1727(享保12)年の大火で焼け落ち、
再建まで20年の歳月をかけている。
最上階からは、
高知の街が360度一望でき、
領主としての満足心を得られたことと思う。
「現存天守」に登ると、
当時のお殿様気分にひたれて、
実に気持ちがよい。
この感覚は、
昭和の再建天守で味わうものより、
濃密な気がする。
忍び返しも、全国で唯一、
オリジナルが現存しており、
お飾りではなく、
実戦での運用を考えられた城であった。
今回の旅で、丸亀城、高知城と
「現存十二天守」の内の2天守を訪れた。
これまでに、
姫路城、松本城、松山城、弘前城を
訪れたことがあった。
気付けば、半分をクリアしているではないか。
残りの6城にも、いつかは訪れたいものだ。

















































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