それは、働きながら阿蘇に滞在していた日々のお話。
この日は、友達が「大観峰」と呼ばれる場所に、
連れて行ってくれたんだ。
阿蘇カルデラ北側の外輪山の最高峰。
この場所からは、阿蘇カルデラが一望できるのだとか。
←わたしを応援してくださるなら、タップしていただけないだろうか。
こちらが、「大観峰」から見る「阿蘇五岳」。
山々が、まるでお釈迦様の横たわった姿=涅槃像のように見える。
見ているだけで、ありがたい気持ちになれるポイントだ。
その雄大さたるや天下一品。
世の中の多くの詩人、歌人、俳人が、
この地に魅入られるのも納得の絶景だった。
この場所を「大観峰」と命名したのは、
明治時代の文豪、徳富蘇峰。
ジャーナリストとしても知られるこの人物は、
熊本出身なのだとか。
それ以前は、「遠見ヶ鼻」と呼ばれていたとか。
外輪山からかなりカルデラ側に飛び出た部分だから、
「鼻」という名称は、ぴったりくる。
外輪山も含めて、パノラマ写真で写してみた。
中央には「阿蘇五岳」。
右と左に外輪山。
五岳に重なった奥にも外輪山が見える。
阿蘇カルデラを文字通り一望できるスポットだった。
まったくもって、雄大かつ悠久だ。
阿蘇カルデラの外輪山、といっても、
連なる山が、輪の形でカルデラを囲んでいる、
というわけではない。
特に、阿蘇カルデラの北側は、
流れだした溶岩が固まって台地を造っている。
立山カルデラと、
その溶岩流が固まってできた弥陀ヶ原、
との関係と同じである。
ただ、弥陀ヶ原とは違って、
その向こうに、3000m級の山々がそびえている、
というわけではない。
北側には、
なだらかな台地がずっと広がっている。
目につく山は、ほとんどない。
奥行きのある台地が綿々と続いているように見えて、
こちらもまた、雄大な雰囲気に満ち満ちているのだ。
こういうところで生活していると、
心持ちもまた広々とすることだろう。
この溶岩台地ができたのは、
今から、約9万年も昔のお話。
これだけの溶岩が噴き出し、
これだけ広大なカルデラ地形を造ったということは、
当時の噴火活動は、さぞかし大きかったことだろう。
大観峰近くには土産物店がある。
入口の張り紙を読むと、
「靴の雪を落として
店内へのお入りを
お願い致します。」とあった。
1月、2月には、
靴が雪を連れてくるほどに、
そこそこの量が降るらしい。
この日は、友達が「大観峰」と呼ばれる場所に、
連れて行ってくれたんだ。
阿蘇カルデラ北側の外輪山の最高峰。
この場所からは、阿蘇カルデラが一望できるのだとか。
←わたしを応援してくださるなら、タップしていただけないだろうか。
こちらが、「大観峰」から見る「阿蘇五岳」。
山々が、まるでお釈迦様の横たわった姿=涅槃像のように見える。
見ているだけで、ありがたい気持ちになれるポイントだ。
その雄大さたるや天下一品。
世の中の多くの詩人、歌人、俳人が、
この地に魅入られるのも納得の絶景だった。
この場所を「大観峰」と命名したのは、
明治時代の文豪、徳富蘇峰。
ジャーナリストとしても知られるこの人物は、
熊本出身なのだとか。
それ以前は、「遠見ヶ鼻」と呼ばれていたとか。
外輪山からかなりカルデラ側に飛び出た部分だから、
「鼻」という名称は、ぴったりくる。
外輪山も含めて、パノラマ写真で写してみた。
中央には「阿蘇五岳」。
右と左に外輪山。
五岳に重なった奥にも外輪山が見える。
阿蘇カルデラを文字通り一望できるスポットだった。
まったくもって、雄大かつ悠久だ。
阿蘇カルデラの外輪山、といっても、
連なる山が、輪の形でカルデラを囲んでいる、
というわけではない。
特に、阿蘇カルデラの北側は、
流れだした溶岩が固まって台地を造っている。
立山カルデラと、
その溶岩流が固まってできた弥陀ヶ原、
との関係と同じである。
ただ、弥陀ヶ原とは違って、
その向こうに、3000m級の山々がそびえている、
というわけではない。
北側には、
なだらかな台地がずっと広がっている。
目につく山は、ほとんどない。
奥行きのある台地が綿々と続いているように見えて、
こちらもまた、雄大な雰囲気に満ち満ちているのだ。
こういうところで生活していると、
心持ちもまた広々とすることだろう。
この溶岩台地ができたのは、
今から、約9万年も昔のお話。
これだけの溶岩が噴き出し、
これだけ広大なカルデラ地形を造ったということは、
当時の噴火活動は、さぞかし大きかったことだろう。
大観峰近くには土産物店がある。
入口の張り紙を読むと、
「靴の雪を落として
店内へのお入りを
お願い致します。」とあった。
1月、2月には、
靴が雪を連れてくるほどに、
そこそこの量が降るらしい。








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