それは、働きながら阿蘇に滞在していた日々のお話。
この日は、「南阿蘇鉄道」の一日乗車券を使って、
南阿蘇村、高森町の界隈を散策してみた。
阿蘇という場所は、いたるところに湧水がある。
阿蘇神社とその周りでもそうであったし、
この南阿蘇でも、各地に湧水が見られる。
中でもこんこんと湧き続ける大きな泉が、
南阿蘇では「水源」と呼ばれていて、
南阿蘇を訪れるスポットとなっている。
この日は、最初に目指したのは「白川水源」。
「高森駅」まで行って一日乗車券を手に入れたあと、
「白川水源駅」へと折り返して、徒歩で5分程度。
横に神社があって、神に守られている「白川水源」。
道路に面して、最初の鳥居が建っている。
川に沿った参道を進む。
受付で100円の協力金を支払う。
管理組合が環境整備に使う資金になっている。
まん中の青みがかった部分から、
水がどんどん湧いているのが見える。
その水量は、とても豊富。
毎分60トンという、南阿蘇最大の水源である。
この場所は、森に包まれていることもあって
なかなかに冷厳な感じ。
とても神聖な場所に感じられる。
水源の横に位置するのは「白川吉見神社」。
創建年は不詳らしいが、
平安時代にはすでに水神として祀られていた
古社である。
「白川水源」から再び「白川水源駅」方面へと
足を戻すことにした。
そのまま次の駅「阿蘇白川」を通り過ぎて、
その先まで歩いてみた。
目指すは「明神池明水公園」。
毎分2トンという水量を誇る水源だ。
途中で見つけた石碑には
「旧蹟 南郷往還の跡」の文字。
熊本から、この辺りの「白水」と呼ばれるエリアを抜けて
竹田、日向にいたる街道を南郷往還と呼んだらしい。
石碑が置かれた「西安寺」は、
南郷往還の目印となる寺だったのだろうか。
「明神池名水公園」では、湧水が透明な池をつくる。
ここの湧水は『誕生水』と呼ばれ、
飲むと安産や子宝に恵まれるといわれる。
癒やしのパワースポットといった場所である。
湧き水でできた池は、とても美しい。
池の中ほどからも、水が湧いているようだ。
ゆったりと鯉が泳いでいて、住み心地もよさげだった。
この地には、数々のロマンと伝説があるようだ。
「明神池河童伝説」もその一つ。
いたずら好きが高じて追放された男河童を
石の上で待ち続けた女河童の、
悲しい伝説がある。
遠くを見ながら待ち続ける、
物悲し気な女河童の像が、
池の中の石の上に置かれていた。
咲き始めた公園の桜。
(3月半ばのお話なのだ)
花見の名所でもあるのだろう。
「阿蘇白川駅」へと戻り、三たび「南阿蘇鉄道」に乗って
「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」へ。
ここからは、
「川地後水源」
「寺坂水源」
「湧沢津水源」
と順にたどってみた。
まずは、「川地後水源」。
周りを石垣で固め、
底に降りることができる。
昔は、このほとりで、
野菜を洗ったり洗濯したり、
といったことが行われたらしい。
生活に根差した水源地だった。
この界隈では、
「甲斐有雄の道しるべ」というのを見かけた。
今から100年ほど前
(その「今」はいつだろ?)
人々が道に迷わないように、
私財をなげうって、
1800基の道しるべを設けたという。
道しるべのすぐ近くにあったのが「寺坂水源」。
「正教寺」という古刹のすぐ脇にある。
寺を訪れる人々の手洗い所として、
親しまれていたらしい。
「南阿蘇鉄道」の鉄橋の反射がまぶしい。
水源の中に塩ビのパイプが沈んでいる。
近隣の家が、水をポンプなどで吸い上げて、
洗濯水や農機具の洗浄水として使っているのだろう。
さらに歩いて、「湧沢津水源」へ。
南阿蘇の外輪山の眺めは雄大。
「湧沢津水源」は、
周りが公園のように整備されていた。
道路の対岸には、
子供が入って遊べるスペースもある。
今でも、近隣の民家に給水されている。
飲料水から生活用水まで、
日常生活で使われているようだ。
ここでも、塩ビ管が沈められていた。
ここから吸い上げて、生活に使っているのだろう。
南阿蘇には、11の水源があるようだ。
「白川水源」は単独で、
他の水源は、「南阿蘇水源群」として、
環境省が選定する「日本名水百選」に指定されている。
南阿蘇では、昔から
水に困る、ということがなかったらしい。
水道水には、水源から水が供給されている。
配管の中を、水源の水が流れているのだ。
しかも、浄水場などで消毒するのではなく、
採取したそのままの水が流れているのだとか。
そんな水道は、日本に2か所しかないのだという。
(もう1か所あることも驚きだが)
美しい水に恵まれた、
素敵な場所なのだと知った1日だった。
この日は、「南阿蘇鉄道」の一日乗車券を使って、
南阿蘇村、高森町の界隈を散策してみた。
阿蘇という場所は、いたるところに湧水がある。
阿蘇神社とその周りでもそうであったし、
この南阿蘇でも、各地に湧水が見られる。
中でもこんこんと湧き続ける大きな泉が、
南阿蘇では「水源」と呼ばれていて、
南阿蘇を訪れるスポットとなっている。
この日は、最初に目指したのは「白川水源」。
「高森駅」まで行って一日乗車券を手に入れたあと、
「白川水源駅」へと折り返して、徒歩で5分程度。
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横に神社があって、神に守られている「白川水源」。
道路に面して、最初の鳥居が建っている。
川に沿った参道を進む。
受付で100円の協力金を支払う。
管理組合が環境整備に使う資金になっている。
まん中の青みがかった部分から、
水がどんどん湧いているのが見える。
その水量は、とても豊富。
毎分60トンという、南阿蘇最大の水源である。
この場所は、森に包まれていることもあって
なかなかに冷厳な感じ。
とても神聖な場所に感じられる。
水源の横に位置するのは「白川吉見神社」。
創建年は不詳らしいが、
平安時代にはすでに水神として祀られていた
古社である。
「白川水源」から再び「白川水源駅」方面へと
足を戻すことにした。
そのまま次の駅「阿蘇白川」を通り過ぎて、
その先まで歩いてみた。
目指すは「明神池明水公園」。
毎分2トンという水量を誇る水源だ。
途中で見つけた石碑には
「旧蹟 南郷往還の跡」の文字。
熊本から、この辺りの「白水」と呼ばれるエリアを抜けて
竹田、日向にいたる街道を南郷往還と呼んだらしい。
石碑が置かれた「西安寺」は、
南郷往還の目印となる寺だったのだろうか。
「明神池名水公園」では、湧水が透明な池をつくる。
ここの湧水は『誕生水』と呼ばれ、
飲むと安産や子宝に恵まれるといわれる。
癒やしのパワースポットといった場所である。
湧き水でできた池は、とても美しい。
池の中ほどからも、水が湧いているようだ。
ゆったりと鯉が泳いでいて、住み心地もよさげだった。
この地には、数々のロマンと伝説があるようだ。
「明神池河童伝説」もその一つ。
いたずら好きが高じて追放された男河童を
石の上で待ち続けた女河童の、
悲しい伝説がある。
遠くを見ながら待ち続ける、
物悲し気な女河童の像が、
池の中の石の上に置かれていた。
咲き始めた公園の桜。
(3月半ばのお話なのだ)
花見の名所でもあるのだろう。
「阿蘇白川駅」へと戻り、三たび「南阿蘇鉄道」に乗って
「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」へ。
ここからは、
「川地後水源」
「寺坂水源」
「湧沢津水源」
と順にたどってみた。
まずは、「川地後水源」。
周りを石垣で固め、
底に降りることができる。
昔は、このほとりで、
野菜を洗ったり洗濯したり、
といったことが行われたらしい。
生活に根差した水源地だった。
この界隈では、
「甲斐有雄の道しるべ」というのを見かけた。
今から100年ほど前
(その「今」はいつだろ?)
人々が道に迷わないように、
私財をなげうって、
1800基の道しるべを設けたという。
道しるべのすぐ近くにあったのが「寺坂水源」。
「正教寺」という古刹のすぐ脇にある。
寺を訪れる人々の手洗い所として、
親しまれていたらしい。
「南阿蘇鉄道」の鉄橋の反射がまぶしい。
水源の中に塩ビのパイプが沈んでいる。
近隣の家が、水をポンプなどで吸い上げて、
洗濯水や農機具の洗浄水として使っているのだろう。
さらに歩いて、「湧沢津水源」へ。
南阿蘇の外輪山の眺めは雄大。
「湧沢津水源」は、
周りが公園のように整備されていた。
道路の対岸には、
子供が入って遊べるスペースもある。
今でも、近隣の民家に給水されている。
飲料水から生活用水まで、
日常生活で使われているようだ。
ここでも、塩ビ管が沈められていた。
ここから吸い上げて、生活に使っているのだろう。
南阿蘇には、11の水源があるようだ。
「白川水源」は単独で、
他の水源は、「南阿蘇水源群」として、
環境省が選定する「日本名水百選」に指定されている。
南阿蘇では、昔から
水に困る、ということがなかったらしい。
水道水には、水源から水が供給されている。
配管の中を、水源の水が流れているのだ。
しかも、浄水場などで消毒するのではなく、
採取したそのままの水が流れているのだとか。
そんな水道は、日本に2か所しかないのだという。
(もう1か所あることも驚きだが)
美しい水に恵まれた、
素敵な場所なのだと知った1日だった。































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