今回、弥陀ヶ原ホテルで1か月働いてみようと思ったのは、幼いころから毎年ニュースで目にしていた「雪の大谷」を、自分の目で確かめたかったから。高さが15mを越える雪の壁、っていう言葉は、たこができるくらい耳にしてきたけど、それって、実際にはどんなスケールなのかを直に見てみたかったんだ。

 かくして出会ったのは、5月14日(水)の「雪の大谷」。今年は雪が多くて、はじめは16mの壁だったんだって。それから1か月が過ぎたこの日の高さは15.5m。0.5mとけたくらいでは、まだまだ高い壁だったよ。

 こんな深さの雪からアルペンルートを掘り出しているとは、毎年のこととはいえ、かなりの技術と経験をようするわざだよねぇ。

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 今でこそ、機械の機能も進んでるだろうし、GPSとかで正確な場所を掘り当てることも容易になったと思うけど、昭和半ばのアルペンルートが開通したころには、ホントに、人の能力に頼っていただろうと考えると、その力たるやすさまじきものがあると思うんだ。当時の人々は、まさに自然と一体化していたんだろうな。

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 この後も、休みになるたびに室堂を訪れて、「雪の大谷」がどう変わっていくかを確かめてきたよ。

 5月20日(火)のこの日は、15m。高さはあまり変わらないけど、角が取れて、丸くなり始めた気がしたな。壁自体も後ろに後退していて、道路が広くなったように感じたよ。


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 次に見たのは6月2日(月)。雪の深さは14m。「雪の大谷」自体は、あまり変化したように見えなかったけど、そこにいたるまでの雪の壁が低くなっていて、天狗平まで見通すことができるようになっていたよ。道路際も後ろに下がって、どんどんとけているのがわかるのだ。

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 除雪に活躍した「四代目熊太郎」。

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 6月9日(月)は、バスからの撮影。この日は、「ティーラウンジりんどう」でビーフシチューを堪能した後だったから、あっかりしてたんだよね。最終日に確かめればいいやと思ってしまったんだ。

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 そして、6月16日7(月)。この日の高さは12mだったんだけど、雨と風があまりにもひどくて、ボク的には、とても近づけない感じだったんだ。

 ただ、まわりの雪が相当とけていってるのに、「雪の大谷」と呼ばれるあたりは、なかなか壁が低くなっていかないという印象。たくさんたまってなかなかとけない、そんな場所だからこそ、国際的な観光スポットになるんだと思ったよ。

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 考えてみれば、そもそも15mも雪が積もるような場所に、それも通行できるのが4月半ばから10月までの半年にも満たない場所に道路をつくろうだなんて、普通ならなかなか思わないでしょ。そんな場所に道路を通してしまった立山黒部貫行(株)の創業者、佐伯宗義氏には、敬意を表するしかないと思うのだ。


 室堂へ行ったときには、毎回、「立山玉殿の湧水」の様子も写真に収めてきたよ。こちらは、いくたびにどんどん姿を変えていて、おもしろかったな。

 はじめは、石碑の先しか見えなかったのに・・・、

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 次に行ったときには、こう。

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 それがこうなって、

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 次の機会には、全面が登場。

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 6月16日(月)には、水も流れていたんだ。

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 この水を汲んで帰って、家でコーヒーを淹れて飲んだ次第。混じりけの何もない感じがして、透明感のあるコーヒーを味わったのだ。

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