それは、大分・宮崎を旅した日のお話。
宮崎には、全国に名だたる天下の景勝地「鬼の洗濯板」と呼ばれる海岸の地形があるんだ。青島という小さな島があって、その島を囲むようにその地形がぎっしりとあるんだよね。せっかく宮崎まで来たからには、その景勝地を見てみなければなるまい。
青島の中央には、嵯峨天皇(第52代。桓武天皇の子供)の時代には青島大明神として祀られていたという、由緒正しき青島神社があるから、まずは、そちらに行ってみることにしたよ。嵯峨天皇っていうのは、西暦800年前後の人だから、今からかれこれ1200年も前のお話。

←自分が知りたいのは富山のことだって人はここをタップするがよい
。
まだ朝日がまぶしい時間帯に、JR宮崎駅を出発。列車は、途中から日豊本線を離れ、日南線というローカル路線に入ったよ。

所要時間は30分程度。明るい日差しの下をガタゴトと走る列車、っていうのも、旅心をそそるのだ。

青島駅は、白亜の無人駅。駅前には、ヤシ系の木が高くそびえていて、いかにも南国の駅なのだ。


青島までは、駅前の道を真っ直ぐ歩いていけば、たどりつけるのだ。

これ、青島へと渡る弥生橋から北の方を見た風景なんだけどね。遠くの建物が、少し浮き上がっているように見えるんだ。海面と地面の間に建物がさかさまに映って見えてるような・・・。
これって、魚津あたりで見る蜃気楼のような状態ではないのかな。誰も気に留めていなかったけど、この辺の人にとっては当たり前の風景?

この日は、風の強い日だったんだ。草木もなびくよね。青島には、神社と鬼の洗濯板の他に、亜熱帯性植物群落もあるんだね。


鬼の洗濯板も、正しくは「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」というみたい。

こんなところに建っているというのにちょっと驚いた鳥居もなかなか立派。

手水舎もなかなか立派な建物だったよ。では、手と口をそそごうではないか。


青島神社は、日向の国の総鎮守。


このお話は、去年の暮れのお話。初詣を迎える準備が淡々と進んでいる本殿だよ。


本殿に向かって右手にあるのは、海積(わたづみ)神社。海の神を祀る神社だよ。

海積神社のさらに右にあるのは、御成道への門。本来の社地だった元宮へとつながる参道への入り口だよ。

御成道の入り口には、絵馬でできた「祈りの古道」。

御成道はヤシ科のビロウ林の間に造られていたんだ。

南国らしく、砂利ではなく細かい貝殻が敷き詰めてあったよ。

そしてたどり着いた元宮。この辺りからは、弥生式土器や獣骨も発掘されているというから、そういう時代から、綿々と祀られてきたんだね。

弥生式土器があるということは、有史以前、すでに信仰の対象だった場所だということ。弥生時代、人々は祭祀で国を治めていたと歴史で習ったけど、この元宮もそういう場所のひとつだったってことだろうか。


タカラガイという貝を真砂と呼び、願をかけて積み上げた「真砂の貝文」。万葉の昔からの慣習らしいよ。


投瓮(とうか)所 は、素焼きの盃を投げ入れるところ。奥の磐境に盃が入れば心願成就し、割れれば開運厄祓となるんだって。


この神社もまた、いかにもパワースポットなスペースだったのだ。いやはや、全くもって素晴らしい。
宮崎には、全国に名だたる天下の景勝地「鬼の洗濯板」と呼ばれる海岸の地形があるんだ。青島という小さな島があって、その島を囲むようにその地形がぎっしりとあるんだよね。せっかく宮崎まで来たからには、その景勝地を見てみなければなるまい。
青島の中央には、嵯峨天皇(第52代。桓武天皇の子供)の時代には青島大明神として祀られていたという、由緒正しき青島神社があるから、まずは、そちらに行ってみることにしたよ。嵯峨天皇っていうのは、西暦800年前後の人だから、今からかれこれ1200年も前のお話。

←自分が知りたいのは富山のことだって人はここをタップするがよい
。まだ朝日がまぶしい時間帯に、JR宮崎駅を出発。列車は、途中から日豊本線を離れ、日南線というローカル路線に入ったよ。

所要時間は30分程度。明るい日差しの下をガタゴトと走る列車、っていうのも、旅心をそそるのだ。

青島駅は、白亜の無人駅。駅前には、ヤシ系の木が高くそびえていて、いかにも南国の駅なのだ。


青島までは、駅前の道を真っ直ぐ歩いていけば、たどりつけるのだ。

これ、青島へと渡る弥生橋から北の方を見た風景なんだけどね。遠くの建物が、少し浮き上がっているように見えるんだ。海面と地面の間に建物がさかさまに映って見えてるような・・・。
これって、魚津あたりで見る蜃気楼のような状態ではないのかな。誰も気に留めていなかったけど、この辺の人にとっては当たり前の風景?

この日は、風の強い日だったんだ。草木もなびくよね。青島には、神社と鬼の洗濯板の他に、亜熱帯性植物群落もあるんだね。


鬼の洗濯板も、正しくは「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」というみたい。

こんなところに建っているというのにちょっと驚いた鳥居もなかなか立派。

手水舎もなかなか立派な建物だったよ。では、手と口をそそごうではないか。


青島神社は、日向の国の総鎮守。


このお話は、去年の暮れのお話。初詣を迎える準備が淡々と進んでいる本殿だよ。


本殿に向かって右手にあるのは、海積(わたづみ)神社。海の神を祀る神社だよ。

海積神社のさらに右にあるのは、御成道への門。本来の社地だった元宮へとつながる参道への入り口だよ。

御成道の入り口には、絵馬でできた「祈りの古道」。

御成道はヤシ科のビロウ林の間に造られていたんだ。

南国らしく、砂利ではなく細かい貝殻が敷き詰めてあったよ。

そしてたどり着いた元宮。この辺りからは、弥生式土器や獣骨も発掘されているというから、そういう時代から、綿々と祀られてきたんだね。

弥生式土器があるということは、有史以前、すでに信仰の対象だった場所だということ。弥生時代、人々は祭祀で国を治めていたと歴史で習ったけど、この元宮もそういう場所のひとつだったってことだろうか。


タカラガイという貝を真砂と呼び、願をかけて積み上げた「真砂の貝文」。万葉の昔からの慣習らしいよ。


投瓮(とうか)所 は、素焼きの盃を投げ入れるところ。奥の磐境に盃が入れば心願成就し、割れれば開運厄祓となるんだって。


この神社もまた、いかにもパワースポットなスペースだったのだ。いやはや、全くもって素晴らしい。
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