それは、大分・宮崎を旅した日のお話。
旅の3日目に訪れたのは、日本書紀や古事記に記された日本神話における天孫降臨の地、宮崎県高千穂。遠い昔から、一度は訪れてみたいと思っていた、文字通りの日本の聖地だよ。
それでは早速「高千穂神社」にお参りしようではないか。
いかにも歴史を感じさせる本殿は、1778(安永7)年に延岡藩主内藤政脩(ないとうまさのぶ)によって造営された、国の重要文化財。霊験あらたかな感じがするよねぇ。

←自分が知りたいのは富山のことだって人はここをタップするがよい
。
入り口の鳥居とその周りの樹木の伸び方からして、パワースポットぽい感じがプンプンするんだ。場の空気感がすごすぎ。


訪れたのは、朝8時過ぎのこと。まだ、本殿に向かう参道を掃除している時間帯だったんだ。


まずは、手水舎で手と口をすすごうではないか。格式のある神社は、手水舎のたたずまいもまたおごそかな雰囲気。


狛犬だって、神々しく見えるのだ。

単なる神社ではなく、パワースポット感をひしひしと感じる空間なのだ。

この神社は、境内のあちこちに歴史が積み重なってるんだ。『秩父杉』は、鎌倉時代に源頼朝の代わりに参りに来た豪族が、参詣の際に植栽したといわれる古木。

鉄製の狛犬も、鎌倉幕府から寄進されたもので、国指定重要文化財だそうだけど、さっきの神々しき狛犬がそうなのだろうか?

こちらの2本の杉は『夫婦杉』。根元が一つになっているから、いかなることがあっても分かれることなく支え合ってるんだって。このまわりを手をつないだまま3回まわると、仲睦まじく家内安全で子孫繁栄等の願いがかなうんだとか。


この夫婦杉も、樹齢は長そうだよね。その分、霊験ありそう。

本殿は、丁寧なつくりで完成度が高く、九州南部を代表する大規模な本殿建築なんだって。
高千穂という場所は、延岡からバスで2時間弱もかかる山奥。江戸時代にあって、人の足ならば、1日がかりでもたどり着けるかどうかといった場所にあるんだ。街道も細く、住む人だってさほど多くはなかっただろうし、豊かな場所だったとも思えない。
そんなところに、こんな立派な神社を造営するということは、この地に伝わる天孫降臨伝説が、江戸時代には、人々の心に深くしみわたっていたってことになるね。

高千穂神社の御祭神、三毛入野命(みけぬのみこと)の彫像が本殿の右奥の柱に置いてあったよ。この命、神武天皇の兄という人物で、高千穂一帯を荒らしていた鬼神の鬼八を退治して、この高千穂宮を開いたと伝えられているんだ。神武天皇って、初代の天皇でしょ。何とも由緒あるお話


こちらは本殿の東にある『鎮石(しずめいし)』。垂仁天皇(第11代)の勅命で、伊勢神宮と高千穂宮が創建されたときに用いられた古石と伝えられてるんだって。この石に祈ると個人の悩みから世の乱れまでの一切が鎮められるらしいよ。


神代の時代から綿々と祀られてきた彼の地は、日本人ならば一度は訪れたい素敵な場所なのだ。
旅の3日目に訪れたのは、日本書紀や古事記に記された日本神話における天孫降臨の地、宮崎県高千穂。遠い昔から、一度は訪れてみたいと思っていた、文字通りの日本の聖地だよ。
それでは早速「高千穂神社」にお参りしようではないか。
いかにも歴史を感じさせる本殿は、1778(安永7)年に延岡藩主内藤政脩(ないとうまさのぶ)によって造営された、国の重要文化財。霊験あらたかな感じがするよねぇ。

←自分が知りたいのは富山のことだって人はここをタップするがよい
。入り口の鳥居とその周りの樹木の伸び方からして、パワースポットぽい感じがプンプンするんだ。場の空気感がすごすぎ。


訪れたのは、朝8時過ぎのこと。まだ、本殿に向かう参道を掃除している時間帯だったんだ。


まずは、手水舎で手と口をすすごうではないか。格式のある神社は、手水舎のたたずまいもまたおごそかな雰囲気。


狛犬だって、神々しく見えるのだ。

単なる神社ではなく、パワースポット感をひしひしと感じる空間なのだ。

この神社は、境内のあちこちに歴史が積み重なってるんだ。『秩父杉』は、鎌倉時代に源頼朝の代わりに参りに来た豪族が、参詣の際に植栽したといわれる古木。

鉄製の狛犬も、鎌倉幕府から寄進されたもので、国指定重要文化財だそうだけど、さっきの神々しき狛犬がそうなのだろうか?

こちらの2本の杉は『夫婦杉』。根元が一つになっているから、いかなることがあっても分かれることなく支え合ってるんだって。このまわりを手をつないだまま3回まわると、仲睦まじく家内安全で子孫繁栄等の願いがかなうんだとか。


この夫婦杉も、樹齢は長そうだよね。その分、霊験ありそう。

本殿は、丁寧なつくりで完成度が高く、九州南部を代表する大規模な本殿建築なんだって。
高千穂という場所は、延岡からバスで2時間弱もかかる山奥。江戸時代にあって、人の足ならば、1日がかりでもたどり着けるかどうかといった場所にあるんだ。街道も細く、住む人だってさほど多くはなかっただろうし、豊かな場所だったとも思えない。
そんなところに、こんな立派な神社を造営するということは、この地に伝わる天孫降臨伝説が、江戸時代には、人々の心に深くしみわたっていたってことになるね。

高千穂神社の御祭神、三毛入野命(みけぬのみこと)の彫像が本殿の右奥の柱に置いてあったよ。この命、神武天皇の兄という人物で、高千穂一帯を荒らしていた鬼神の鬼八を退治して、この高千穂宮を開いたと伝えられているんだ。神武天皇って、初代の天皇でしょ。何とも由緒あるお話


こちらは本殿の東にある『鎮石(しずめいし)』。垂仁天皇(第11代)の勅命で、伊勢神宮と高千穂宮が創建されたときに用いられた古石と伝えられてるんだって。この石に祈ると個人の悩みから世の乱れまでの一切が鎮められるらしいよ。


神代の時代から綿々と祀られてきた彼の地は、日本人ならば一度は訪れたい素敵な場所なのだ。
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