今回の九州旅行の目的の一つは、熊本に住む友達に会うこと。

 かなり以前、お仕事で、東京で行われたプロジェクトに召集されたご同業なんだけど、妙に意気投合しちゃってね。それ以来数年に一度、どこかで顔を合わせては、どっぷり飲むという間柄の友達なんだ。ここしばらく会ってなかったから、久々に顔を見に行こうと思ったんだよね。


 島原は、長崎の南へと延びる半島だけど、途中の島原からは、熊本を結ぶフェリーが出ているんだ。島原港と熊本港には、2社が合わせて17往復も運行しているから、けっこう便利に行き来できるんだよね。

 かくして、九商フェリーに乗って、1時間の船旅。途中に、熊本からやって来るフェリーとすれ違ったんだ。入道雲の下をゆったりと進むフェリーを眺めてると、旅をしてるなぁ、っていう気持ちでいっぱいになったよ。

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88_31←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね

 この日は、お昼少し前に長崎を発って、諫早から島原半島を、大三東、島原、島原港へと抜け、熊本へと進むルートだったよ。

 島原半島を南北に走り抜ける「島原鉄道」は、諫早が始発。全車が黄色いディーゼル車の、一両編成のローカル鉄道なんだ。観光客を乗せるよりは、生活路線として活躍しているといった印象。諫早を出るときには、席はほぼ満席だったよ。

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 こちらは、JR諫早駅の駅名表示。

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 日本一海の近い駅「大三東駅」は「島原駅」の3つ手前。

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 乗ろうと思っていたフェリーまで1時間余裕があったから、「島原駅」でも降りてみることにしたんだ。駅舎は島原城をかたどっているのかな。

 歴史の教科書に登場する「島原の乱」の舞台となった「原城」は、半島のかなり南の方にあるけど、この島原にある「島原城」には、その乱が起こった島原藩の中心が置かれていたんだよね。

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 駅前の広場から正面をあおげば、島原城がそびえ立っていたよ。

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 蓮にびっしりとおおいつくされた堀の上にたたずむ島原城。石垣がかなり高くて、立派な城だったことがうかがわれるね。

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 天守は、1964(昭和39)年に復元された鉄筋造りで、中は、藩政時代の資料を展示した歴史博物館になっていたよ。

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 白壁が美しい島原城。復元とはいえ、五層の天守はとっても堂々と建っていて見事だよね。

 階段で一層ずつ登っていって、一層ずつ降りてくるというのが、いかにも昭和に復元された城みたいで、いい感じなのだった。まぁ、中の展示物も、藩主や城下の家臣の家に伝わる鎧兜だったり、家財だったりと、昭和っぽいのだけどね。

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 天守の最上階からは、はるか対岸の、熊本を見渡すことができるよ。海をはさんだ対岸がいつも見えてる、っていうのは、どんな気風の人を育てるんだろうね。

 島原の乱が起こったときの島原藩は4万石。でも、島原の地は、火山灰が多く降り注ぐやせた土地だったそうで、江戸時代には、表高よりも収穫が少なかったんだとか。藩主、松倉勝家氏は、領民の生活が成り立たないような過酷な年貢の取り立てを行い、それが乱のきっかけになったというよ。

 対岸の熊本は、当時、肥後細川藩が(その前は、加藤家が)52万石の領地を治めていたから、それに負けたくない、みたいな気持ちがあったのかも。乱の後は、松倉家は取り潰しとなり、譜代の松平家が島原を穏やかに治めるようになったみたいだね。

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 「島原駅」からさらに3駅先にあるのが、島原鉄道の終着「島原港駅」。

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 駅から歩いて5分ほどの所に、フェリーターミナルがあったよ。

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 かくして、フェリーに乗り込んで熊本へ。なかなか豪華なイスがたくさんあって、とても快適なフェリーだったんだ。

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 島原半島には、すでに陽が落ちかかっている時間だったんだ。

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 『しまらくコーヒー』は、島原地方酪農業協同組合のコーヒー牛乳。コーヒー牛乳って、メーカーによって、全く味が違うのが面白いよね。

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 入道雲が沸き上がって、いかにも夏の空な午後だったんだ。

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 そして、フェリーは、熊本港へと着いたのだった。

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