過去の写真を整理していたら、「富山ライトレール」が開業したころの写真を見つけたよ。それは、2006年5月の始め。かれこれ、18年も経つんだね。
開業したのが4月29日だから、それから2週間ばかり過ぎた頃の様子なんだ。車両の一番前に『Debut』の文字のステッカーが見えるよね。こちらは、「岩瀬浜駅」の様子。休日だったせいか、まだまだたくさんの人が乗り降りしていたよ。

←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね
。
この頃すでに走っていたフィーダーバス。始めは「浜黒崎海水浴場」までだったんだね。
開業したばかりの頃は、富山市が富山地鉄バスに委託して走らせていたんだって。専用バスを購入してライトレール社が走らせるようになるのは、2007年のお話。

富山駅側は、今よりもオーバードホール寄りの駅北にホームがつくってあったよね。駅名も「富山駅北駅」。

この日は、行列が長かったから、最後尾を知らせるプラカードを持った職員が立っていたよ。

案内表示も、今とはずいぶん違っているのだ。

15分間隔で定時運行だったのが、何よりも成功の理由だと思うんだよね。

現在は休止中の赤いポートラムも、新品だった頃だからとても美しく、さっそうと走っているのだ。


岩瀬の街がとても身近になった出来事だったよ。

2020年には市内軌道の南北が接続されて、「富山ライトレール」は「富山地方鉄道富山港線」に名称を変更したんだ。ライトレールの名前はけっこう定着していたと思うけど、それをあっさり変えてしまったことには、少なからず驚いたものだ。
歴史を辿ると、戦前に富山地方鉄道富山港線だった時代があって、私鉄の戦時買収によって国鉄富山港線となって営業するようになったんだとか。古巣に戻って、昔の名前に戻ったということなんだね。
開業したのが4月29日だから、それから2週間ばかり過ぎた頃の様子なんだ。車両の一番前に『Debut』の文字のステッカーが見えるよね。こちらは、「岩瀬浜駅」の様子。休日だったせいか、まだまだたくさんの人が乗り降りしていたよ。

←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね
。この頃すでに走っていたフィーダーバス。始めは「浜黒崎海水浴場」までだったんだね。
開業したばかりの頃は、富山市が富山地鉄バスに委託して走らせていたんだって。専用バスを購入してライトレール社が走らせるようになるのは、2007年のお話。

富山駅側は、今よりもオーバードホール寄りの駅北にホームがつくってあったよね。駅名も「富山駅北駅」。

この日は、行列が長かったから、最後尾を知らせるプラカードを持った職員が立っていたよ。

案内表示も、今とはずいぶん違っているのだ。

15分間隔で定時運行だったのが、何よりも成功の理由だと思うんだよね。

現在は休止中の赤いポートラムも、新品だった頃だからとても美しく、さっそうと走っているのだ。


岩瀬の街がとても身近になった出来事だったよ。

2020年には市内軌道の南北が接続されて、「富山ライトレール」は「富山地方鉄道富山港線」に名称を変更したんだ。ライトレールの名前はけっこう定着していたと思うけど、それをあっさり変えてしまったことには、少なからず驚いたものだ。
歴史を辿ると、戦前に富山地方鉄道富山港線だった時代があって、私鉄の戦時買収によって国鉄富山港線となって営業するようになったんだとか。古巣に戻って、昔の名前に戻ったということなんだね。
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