それは、昨日のお話。うららかな春の陽気に誘われて、これはどこかに行かねば、と思ったんだよね。まだ、桜だって咲いてる時期だし。

 かくして、北陸新幹線に乗り込んで、終点の敦賀まで行ってみることにしたよ。金沢より西に行くのは、実に久しぶり。そして、3月に開通した区間に初めて乗車してみたんだ。

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88_31←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね

 車両は同じだけど、車窓からの眺めは、北陸本線時代とは、きっとかなり違って見えることだろう。

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 桜のピンクが入り混じって、とても鮮やかな風景が各所に見られたよ。

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 かくして、敦賀に到着。『はくたか』と『つるぎ』を乗り継いで、1時間20分余りの旅だったんだ。速〜い。

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 終点なんだから、全員が下りるよね。JR特急に乗り継ぎしやすいように、下りエスカレーターがたくさん設けてあったよ。2列になっていて、両方が下りになっているから素晴らしい。

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 敦賀駅は、実に広大で、まるで空港を思わせるようなコンコースの広がり。当分の間、この敦賀駅が拠点になるからか、かなり気合を入れて作りました、といった印象の仕上がりだったよ。

 とはいえ、改札まで距離があるし、JR特急への乗り継ぎホームへはさらに距離があるしで、移動が大変だっていうのは、評判の通りだと思ったな。

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 新幹線駅は、かなりの高さ。なにしろホームがビルの6、7階の高さにあるのだから、まるでSFに出てくる空中ステーションだよね。大都市と地方都市を結ぶ空中鉄道を降りると、周辺へとつながる地方鉄道に乗り換える、そんなシーンが現実として存在していることに、恐れ入るばかりなんだ。

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 新幹線駅から、敦賀駅の改札へと抜ける通路もかなりの長さだったよ。にぎやかな中心街のある西口に抜けるには、旧北陸本線(現ハピラインふくい)の線路を越えていかなきゃならないからね。

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 新幹線を降りてから5分以上歩いて、ようやく改札にたどり着いたのだった。

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 敦賀駅の前には、昔ながらの駅前商店街が残っていて、とてもレトロな雰囲気だったよ。これは、素敵な空間。

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 陽気のせいもあるのかもしれないけど、敦賀の街はけっこう活気にあふれていたな。道路がかなり広くつくられていて、中心商店街の通りには、車の駐車スペースが設けられていたよ。面白い造りだと思ったな。

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 なぜか松本零士のアニメ「銀河鉄道999」「宇宙戦艦ヤマト」のモニュメントが、設置されていて、道行く人を楽しませていたよ。たまたまバスを降りた停留所の近くには『アナライザー』。

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 この辺りは、氣比神宮という敦賀のシンボル的神社の近く。ここから歩いて、海沿いの金ケ崎界隈へと向かったんだ。海沿いに並ぶ倉庫群に出会ったよ。 

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 帆をかたどった北前船モニュメント。

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 この界隈の桜は散り初めといった感じ。

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 それは、第2次世界大戦が起こる前の話。欧亜国際特急列車が、東京とパリの間をシベリア鉄道を経由して走っていて、この敦賀の地を通ってウラジオストクと結んでいたんだって。東京パリ間の国際特急!何たるカッコよい響きなんだろ。

 敦賀は、ロシアに向けての表玄関の役割を果たしていて、この界隈の商人も、下駄履きでふらっと連絡船に乗って商売に行ったりしてたんだっていうよ。この建物は、その起点になった国鉄敦賀港駅を再現したものなんだって。

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 中では、敦賀の鉄道の歴史を紹介していたよ。

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 2階では、国際特急の時刻表といった資料も展示されていたよ。

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 建築物としても素敵な駅舎だったな。

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 金ケ崎緑地は、敦賀市民の憩いの場。

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 休憩所も素敵な建物だったよ。

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 その先にあったのが、「人道の港 敦賀ムゼウム」という施設。どこが経営しているんだろ、と思ってしまうほど、受付のお姉さんが、とっても素敵なユニフォームを着ていたんだ。設備も行き届いていて、なかなか立派な博物館だったよ。

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 ここで紹介されているのは、1920年代に受け入れたポーランド孤児と1940年代に受け入れたユダヤ難民の歴史。ユダヤ難民というのは、当時リトアニアにいた日本人外交官杉原千畝(ちうね)が発給したビザのおかげで命を救われた人々の話だよ。

 そういう事実があったことは知っていたけど、リトアニアでビザを手に入れたユダヤの人々が、シベリア鉄道に乗ってウラジオストクから敦賀へと渡ってきた、ってことは、ここで初めて知ったんだ。敦賀の地は、歴史の中で大きな役割を果たしていたんだね。

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 こちらは、近くの赤レンガ倉庫。

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 中には、レストランがあったり、敦賀の街を紹介するジオラマの展示があったりしていたよ。

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 おお、バス停のベンチに、恐竜博士を発見。こんなところで再会しようとは。

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 ここから、さらに歩いて5分余りでたどり着いたのが、「金崎宮(かねがさきぐう)」。戦国時代の激戦地、金ケ崎城の跡としてもして知られている景勝地だよ。こちらは、桜に包まれた参道。

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 織田信長が朝倉氏を攻めようとして近くまでやって来たとき、もたらされたのが浅井氏裏切りの知らせ。朝倉氏と浅井氏の挟み撃ちにあった信長は総退却を行ったんだけど、その時、この金ヶ崎城に残ってしんがりを務めたのが、当時木下藤吉郎と称していた豊臣秀吉、っていうのが知られた歴史だよね。

 藤吉郎の命がけの活躍で窮地を脱した信長は、その2か月後、姉川の戦いで、浅井・朝倉の連合軍を破ったのだった。

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 今は、そんな血なまぐさい歴史を感じさせることもなく、桜の花が咲き誇る、癒しの空間になっているんだ。

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 金崎宮は、縁結びの神様として知られているんだね。

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 「恋の宮 金崎宮」なんだって

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 参道を登り切ったところからは、敦賀の街が一望できるんだ。ここから見ても、新幹線駅はでかくて高いよねぇ。

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 この日は、御朱印もいただいたよ。

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 かくして市内の散策を終えたボクは、再び、敦賀駅へと戻ってきたよ。新幹線の開業に合わせて、敦賀駅の周辺には再開発されたエリアもあるんだ。そこで、素敵な書店を発見したんだよね。「ちえなみき」という名の、公設の書店なんだって。行政が営業している書店とは珍しい。

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 この書店、中のディスプレイがとても素敵なんだよね。書棚も上から見下ろしても楽しめるようになっていて、なかなかのハイセンス。

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 敦賀は、何とも楽しくて素敵な街だったな。

 帰路は『かがやき』で富山へと向かったよ。所要時間は1時間。敦賀と富山の間がたったの1時間とは、素晴らしき時代になったものだ。