それは、高岡の街を散策に訪れた日の話。鋳物の街金屋町を後にしたボクは、もう一つの歴史的地区、山町筋を訪れることにしたんだ。

 かつての、高岡の金融の中心としてにぎわったエリアには、大正時代初期に建てられた旧富山銀行本店が「赤レンガの銀行」として、今でも、でんとそびえ立っているよ。

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88_31←ここへ行けば富山にくわしくなれるよね

 その向かいには、「高岡御車山会館」。こちらも表は土蔵造りの渋い構え。

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 「高岡信用金庫本店」は、新しく建て直されたものだろうけれど、土蔵造りの様式を残していて、周囲の景観とマッチするように造られているんだ。

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 「松匠」は石場建という昔ながらの工法での住宅を建てている建築屋さん。歴史ある通りにある住宅屋さんは、その建て方まで伝統的方法をとっているのが面白いね。

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 土蔵の街を西に歩いて、高岡郵便局があるT字路を右に曲がると見えてくるのが、明治・大正時代の偉人、高峰譲吉の生家跡に造られた「高峰公園」。みんな、高峰譲吉って知ってる?

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 高峰譲吉というのは、江戸時代末に高岡に生まれた化学者で実業家。『ジアスターゼ』という消化酵素を抽出して『タカジアスターゼ』と命名した人物なんだ。『アドレナリン』を発見した人物としても知られていて、高峰先生の発見した物質は、薬品として現在でも販売されているという素晴らしき人物。

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 この薬品のおかげで、アメリカで巨万の富を築いた高峰先生は、首都ワシントンを流れるポトマック川ほとりの桜並木を寄贈した人物としても知られているよ。アイディアを出したのはシドモアという紀行作家だけど、実際に寄贈したのは高峰先生ってこと。

 最初にアメリカに苗を贈ったときには、検疫で病害虫が見つかって、全部焼却処分されたんだって。ところが、高峰先生は決してあきらめず、苗木の選定や育成、土壌の手入れなんかを徹底して、再度アメリカに贈ったんだっていうよ。この時の桜は、「これほど完全な輸入植物をいまだかつて見たことがない」と、検疫官や検査官から称賛されたっていうから、何とも素晴らしいお話。

 東京では、戦中に桜の木が伐採されてしまったんだけど、戦後復興されることになって、このワシントンの桜が逆輸入されたんだって。今、墨田川や荒川のほとりに咲いている桜は、高峰先生が贈った桜の末裔だってことだね。

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 そんな素晴らしき人物が富山から出たとは、何とも素敵なお話ではないか。高峰先生自身は、お父上が加賀藩の御典医だったこともあって、幼いうちに金沢に移り住んだというけど、こうして今でも生誕地が大事にされていることは素晴らしい。

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 彼の地には、銅像も飾ってあるんだ。

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 なんとも立派な身姿。

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 渋沢栄一と一緒に今の日産化学を創設したり、黒部川沿いで日本初のアルミニウム製造事業を推進したり、黒部鉄道や宇奈月温泉の礎となった黒部温泉株式会社を設立したりと、富山の産業の発展にも力を尽くしたんだ。

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 公園のお隣には、コミュニティセンターが建っているんだけどね、

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 その入り口が「高峰譲吉資料館」になっているんだ。高峰先生の業績がパネルで展示されているよ。

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 アメリカで住んでいた日本建築と庭園が模型で再現されていたんだ。こんな場所をアメリカに造れるとは、何たる資金力、と思うばかり。

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 何といっても、偉大な人物だよね。

※町の名前が間違ってたから、直してみたよ。これであってるのかな?教えてくださったkomeさん、ありがとね。