この日は、南砺市にある街の一つ、城端を訪れてみたよ。城端は、2本の川にはさまれた尾根筋の末端にできた町。城端別院善徳寺の門前町として、また、江戸時代には、加賀藩の経済を支える絹織物の里として栄えた町だよ。
今でも、街のあちらこちらに古い街並みが残っていて、何ともいえないノスタルジーに満ちてたよ。写真は「今町通り」。豪商野村家の土蔵が建ちならぶ、城端を代表するロケーションスポットなんだ。

←富山のいろいろを知りたい人は、ここを見てね〜
。
木戸をくぐれば、江戸時代にタイムスリップするのではないかと思わせる、見事なレトロ感。

絹織物が盛んな門前町といえば、八尾と同じだけど、利賀の山をはさんで、東側に位置するのが八尾で、西側に位置するのが城端、ということだろうか。曳山が街を練り歩く祭りのあるところも、共通しているよね。

こちらは、「桂湯」という銭湯のあと。昭和5年の建築で、国登録有形文化財に指定されているんだって。2階の造りなんて、現代建築では、まず見ることのないデザインだよね。

彼の地で銭湯を始めたのは、明治20年というから、なんとも由緒正しきお話。平成16年まで営業していたっていうけど、どんな銭湯だったんだろうね。

城端の古い街並みは、尾根につながる坂道沿いにけっこう残っているみたいだよ。

石垣と、その上に建つ古い家屋は、昭和初期よりもさらに古さを感じる造り。

見上げるような坂道を上った先には、蔵のようなレトロな造りの建物。

「川島通り」は、京都西陣の老舗織物屋さん「川島織物」を創業した川島甚兵衛さんの出身地。この辺りには、かつての織物工場のあとが建ち並んでいたよ。

廃業してからずいぶん経つのか、けっこうな廃屋具合だったな。

道路をまたぐ廊下部分の下を通り抜けるのが、なかなか面白いのだ。

いかにも城端らしい風景の一つだと思ったよ。

かと思うと、いきなり曳山をしまった蔵に出会ったりするのも、八尾の街と似ているところ。

川島甚兵衛さんのお墓もあったみたいだね。宗林寺の前には、言われ書きの看板がかけてあったな。

「坡場(はば)の坂」は第2のロケーションスポット。かつて醤油屋さんだった建物が、ほぼそのままの状態で残っていたよ。

「醤油」の文字が書かれた大きな看板が、とっても渋いよね。

横には、『培菌室』の文字を残した赤レンガの倉庫があって、醤油を作る麹をここで育ててたって、教えてくれるんだ。


ここでは、今では、醤油を作っていないのだろうか?営業してたとしたら、素晴らしいことだ。

かくして、あちらこちらをさまよい歩いてみたよ。

戦災にあってない街には、こうして、古い家並みが残るものなんだね。いやはや、何とも素敵な街だったよ。
今でも、街のあちらこちらに古い街並みが残っていて、何ともいえないノスタルジーに満ちてたよ。写真は「今町通り」。豪商野村家の土蔵が建ちならぶ、城端を代表するロケーションスポットなんだ。

←富山のいろいろを知りたい人は、ここを見てね〜

。木戸をくぐれば、江戸時代にタイムスリップするのではないかと思わせる、見事なレトロ感。

絹織物が盛んな門前町といえば、八尾と同じだけど、利賀の山をはさんで、東側に位置するのが八尾で、西側に位置するのが城端、ということだろうか。曳山が街を練り歩く祭りのあるところも、共通しているよね。

こちらは、「桂湯」という銭湯のあと。昭和5年の建築で、国登録有形文化財に指定されているんだって。2階の造りなんて、現代建築では、まず見ることのないデザインだよね。

彼の地で銭湯を始めたのは、明治20年というから、なんとも由緒正しきお話。平成16年まで営業していたっていうけど、どんな銭湯だったんだろうね。

城端の古い街並みは、尾根につながる坂道沿いにけっこう残っているみたいだよ。

石垣と、その上に建つ古い家屋は、昭和初期よりもさらに古さを感じる造り。

見上げるような坂道を上った先には、蔵のようなレトロな造りの建物。

「川島通り」は、京都西陣の老舗織物屋さん「川島織物」を創業した川島甚兵衛さんの出身地。この辺りには、かつての織物工場のあとが建ち並んでいたよ。

廃業してからずいぶん経つのか、けっこうな廃屋具合だったな。

道路をまたぐ廊下部分の下を通り抜けるのが、なかなか面白いのだ。

いかにも城端らしい風景の一つだと思ったよ。

かと思うと、いきなり曳山をしまった蔵に出会ったりするのも、八尾の街と似ているところ。

川島甚兵衛さんのお墓もあったみたいだね。宗林寺の前には、言われ書きの看板がかけてあったな。

「坡場(はば)の坂」は第2のロケーションスポット。かつて醤油屋さんだった建物が、ほぼそのままの状態で残っていたよ。

「醤油」の文字が書かれた大きな看板が、とっても渋いよね。

横には、『培菌室』の文字を残した赤レンガの倉庫があって、醤油を作る麹をここで育ててたって、教えてくれるんだ。


ここでは、今では、醤油を作っていないのだろうか?営業してたとしたら、素晴らしいことだ。

かくして、あちらこちらをさまよい歩いてみたよ。

戦災にあってない街には、こうして、古い家並みが残るものなんだね。いやはや、何とも素敵な街だったよ。
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