子供の頃、富山地方鉄道上滝線に乗って、「大川寺遊園地」に何度も行ったよ。今の「大川寺駅」はその頃「大川寺遊園駅」という名前だったんだ。

 今は、スノーシェッドみたいになったところにホームがあるけど、昔は、もう少し道路寄りに、用水の上に重なるようにホームが作ってあったよ。ホームの下をごうごうと流れていく水流を見ていると、引き込まれそうな気分になって、お腹の下の方がこそばゆくなるような感覚があったのを、今でもよく覚えてるんだ。


 上滝線は普通列車しか走ってなかったから、「大川寺遊園駅」にたどり着くまで、途中の駅にすべて停まるよね。駅ごとに、新しさ古さや空気感が違っているなと、子供心にも感じていたんだ。

 「開発駅」は、そんな子供心にも、古さと渋さを感じたことを、今でも覚えているよ。「ステーキ 風雅堂」を訪れるために、今回初めて、その「開発駅」に乗り降りしてみたんだ。この屋根の造りは、昭和初期にできたのではないかと思われ。

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88_31←富山のいろいろを知りたい者は、ここを見るがよかろう

 開発駅は、広い通りから少し入ったところにあるんだ。わかりにくいからだろうか、以前にはなかった案内板が通りに出ていたよ。

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 そして、案内板を曲がっても、やっぱり駅は見えないという念の入った構造(笑)。奥には駐車スペースがあって、その左に駅舎があるんだ。

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 そして、ようやく見えてきたのがこの駅舎。昭和の映画から抜け出してきたような、何とも言えない古めかしさと厳めしさ。

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 かつては駅員さんがいたであろう改札だけど、今は使われていないんだ。サッシを木戸に変えれば、そのまま『昭和の駅』として映像に使えそう。

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 待合室は、壁こそ新しく張り替えられている感じだけど、広告の看板を見るに、それもけっこう昔の話と思われるよね。

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 かつては、切符売り場であっただろうスペースも、下側の部分は建築当時のままと思われる古めかしさ。

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 何といっても、電話番号の市内局番が2桁っていうのが、時代を物語っているのだ。

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 駅の案内板も、時代物。

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 この看板を提供したのが黒部市生地の皇国晴(みくにはれ)酒造だと思われるけど、『酒のチャンピオン』ってコピーとか『みくにはれ』の手書きっぽい字体とか、レトロ感たっぷりだよね。

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 この駅、今は、一つのホームしか使えないけど、かつては3つのホームがあったと思われるよ。鉄道が、今よりもひんぱんに行き来していた時代の名残だよね。線路を渡ったところのホームは、今は除雪もされていないのが、なんだか裏寂しい。

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 ホームから見た駅舎は、子供の頃に見た面影そのままだったよ。

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 ホームの奥から上滝方面を写してみたよ。雪の中の田舎の駅の風景に、哀愁を感じるのはボクだけ?

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 この駅名表示にも哀愁を感じるよね。ICカードが導入されてから、駅には記号が振られているみたいだね。「開発駅」は「T66」。

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 かくして、やってきた電車に乗って、富山へと向かったのだった。

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