「なめりかわ宿場回廊」は、滑川の最も海沿いの道路のことを指すみたい。この道が、かつての北陸道だった、ってことだよね。そしてこの道、今は、富山と魚津を結ぶ「県道1号線」になっているみたいだよ。電信柱に燦然と輝く「青い六角形に1の白数字」。

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 海沿いには、松の巨木が残っているところもあって、江戸時代の風情を感じさせてくれるんだ。

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 かつて、松尾芭蕉が一夜の宿を求めたとされるのが「川瀬屋」。宿のご主人は、芭蕉の宿泊を記念して自分の家の檀那寺である徳城寺の境内に句碑まで立てた、っていうから、間違いないところだね。

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 この界隈は、江戸時代には宿場町として、いくつもの宿があったみたいだけど、今はその面影はなく、川瀬屋のあったところも公園になっていたよ。

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 時代劇の風景を想像の中で重ねてみるしかないけど、でも、そうやって見ると、この風景もひなびて感じてくるから不思議。幾多の人の営みが、この道をめぐって繰り広げられていたに違いないのだ。

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 かつて、滑川本陣があったところも、今は、すっかり公園になっていたよ。

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 本陣というのは、江戸時代、参勤交代を行う大名が停まるために設けられた宿。彼の地には、加賀藩に命ぜられて本陣を構えたみたいだね。

 もっとも、北陸道を通る大名、っていうと、実は、加賀百万石本家と富山十万石、大聖寺七万石のそれぞれの前田藩のみだっただろうから、加賀前田の殿様が、自分のために建てさせた本陣、ってことになるんだ。そんな風に考えると、参勤交代っていう制度は、実に手間もお金もかけさせる制度だったんだってわかるよね。

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 ちょっと道を外れたところにあった、美容室の2階。何とも渋くてかっこいいよね。こんな風に、大正か昭和初期の建築ではないかと思わせるレトロな建物が各所にあるところも、この辺りの素敵なところ。

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 やがて道は、小さな川を渡るんだけど、道路が川を巻くような面白い造りになっていたよ。

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 すぐ近くに、2本平行に架けられた橋。

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 この辺りを「橋場」と呼んで、藩政時代には、年貢米を積み出す船着き場になっていたみたい。明治時代には、郡役所とか警察とかが置かれて、この界隈の行政の中心地となっていたみたいだよ。今の風景からは、ちょっと考えられないけど、時の流れは土地の様子の変化となり、人の集まる場所を変えていくのだというのが、よくわかる事実だよね。

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 「なめりかわ宿場回廊」を歩いていると、明治を越えて、江戸時代の風景が垣間見えてくるようにも思えたよ。